3.テキサス州東地区裁判所の最新実務
(a) 背景
米国50州の中で、アラスカに次いで面積の大きいテキサス州は、平らで広大な土地に、延々と荒野と牧場と綿畑が続く。テキサス州第2の都会ダラスは、州の東北地方に位置する大都市である。ケネディー大統領が不慮の死を遂げた地としても知られる。
そのダラスからさらに東に向かって4時間、同じ景色の連続で運転に飽きる頃、静かで小さな町にたどりつく。静かというより、一見眠ったような町並みである。市とは言っても、小さな農村と言った方が似合いそうな佇まいというべきであろう。ここが今、全米の特許実務家の注目を集めるマーシャル市である。
マーシャル市中心街

この小さな町にたった一箇所、活気に満ちた地区がある。それは、連邦地方裁判所のテキサス州東地区マーシャル分署を中心とする一角である。この裁判所に出入りする弁護士、企業法務部員、証人等で、ホテル、レストラン、コンビニと、この地区だけは、活気が絶えない。
最近の例を概観するだけでも、大型の特許訴訟が多数提訴されている。代表的な事件を挙げれば、次のとおりである。
* ノースイースタン大学対グーグル(データ探索方法)
* オプティ対AMD(キャッシュ処理方法)
* シスコ・システム対ホアウェイ(ソフトウエア)
* モザイド対ハイニックス(DRAM)
* パラレル・プロセッシング対ソニー(プレステ3)
* シャープ対サムスン(LCD)
テキサス州東地区における連邦訴訟で特徴的なことは、先端技術を対象とする特許侵害訴訟が多く、当事者は、米国企業に限らず、日本・中国・韓国・カナダ等幅広く、国際的な大型紛争が中心である。特に日本企業が当事者となる比率は極めて高い。当初は、被告としての関わりが多かったが、最近は、原告となる例も少なくない。
第2表を見ていただきたい。
第2表 管轄別特許訴訟件数(2000−2008年)
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順位
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裁判所
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総件数
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2008
年
|
1 |
カリフォルニア州中部地区 |
2,520 |
228 |
2 |
カリフォルニア州北地区 |
1,550 |
230 |
3 |
イリノイ州北地区 |
1,356 |
167 |
4 |
テキサス州東地区 |
1,351 |
307 |
5 |
デラウェア州 |
1,207 |
159 |
6 |
ニュージャージー州 |
1,127 |
174 |
7 |
ニューヨーク州南地区 |
1,091 |
119 |
2000年代における総提訴件数は、カリフォルニア州中部地区(ロサンゼルス市中心)が断然多い。州総生産において全米最大だから、訴訟件数が多いのは当然とも思われる。
だが第5位に見えるのは、テキサス州東地区である。しかも、2008年においては、307件と他の地区を引き離し、第1位である。この地区は、2000年までは、年間30件に満たないマイナーな地区と見られていた。これは異常な事態と見なければなるまい。
なぜこんな現象が起きたのだろうか?
訴訟件数が激増した理由は明白である。80%に及ぶ驚異的な原告勝訴率、そしてこれまで外国企業が被告となる事件において、特許権を無効とした例がない等、プロパテント政策を具現化した代表的管轄としての認識が急速に広まった点に集約されるであろう。
米国の偉大な田舎と呼ばれるテキサス州に、何ゆえ過激とも思われるプロパテント政策が根付いたのであろうか?
テキサス州は、米国の他の州と異なり、メキシコとの関係で、少々複雑な歴史を有する。ここは、かつてムエバ・エスパーニャ(New Spain)と呼ばれた地区である。メキシコがスペインから独立した1821年後は、メキシコ領テキサスとして、開発が進められた。
その後、入植した米国系入植者たちによる反乱を機に、1836年テキサス共和国が宣言された。だが反乱軍が守る要塞は、圧倒的なメキシコ軍の前に全滅した。アラモの砦である。砦は全滅したが、米国系反乱軍による運動は、「リメンバー・アラモ」を合言葉にさらに拡大していった。こうして1845年、テキサスは第28番目の州として米国合衆国に併合された。
さらに1861年に勃発した南北戦争においては、米国南部連合の雄として独自の立場と主張を貫き通した。そして土地に密着した集団としての長く激しい体験は、テキサス住民(彼らは、自らをテキサス人と呼ぶ)の間に強い信念を植えつけたようである。近年の権利者に極端に有利とも思われる判決傾向を分析すれば、テキサス人の間に定着した独特の伝統的価値基準が近年における訴訟実務において顕在化したものと思われる。
以下において、テキサス州、特にマーシャル市を中心とする東地区における訴訟実務の特質を分析し、日本企業の立場から見た効果的対応方法を、実体験に基づいて整理する。
(b) テキサス州東地区マーシャル市について
テキサス州には、ヒューストンそしてダラスと二つの大都会が並立する。東部を支配するダラスからさらに東に向かって250キロ、マーシャル市は、ルイジアナ州との州境に近い人口約2万5千人の小さな町である。むしろ村と呼ぶ方がふさわしいとも思われる。
町の中心には、ダウンタウンと呼ぶのをためらうほどに小さな商店が散在する。その一角に、明るいレンガ造りのビルがある。この小さな町の小さな建物が今、米国知的財産権の世界の注目を集めている。テキサス州東地区連邦地方裁判所、マーシャル分署である。
連邦地方裁判所 マーシャル分署

マーシャル市は、米国南部によく見られる平凡な農村の一つで、目立つ特徴は何もない。ところが最近、特許侵害訴訟が激増し、米国知財活動の重要拠点になりつつある。一体、何が起きたのだろうか?
テキサス州東部地区は、18世紀から続く綿の名産地。住民の大半は、果てしなく続く綿畑で農作業に従事した。民族的には、白人とメキシコ系が混在するが、その構成は代々変わることなく、土地との繋がりは伝統に守られて強固であった。
時は流れて19世紀後半、南北戦争が勃発した。住民たちは何の疑問もなく、南部連合軍組織に従った。だが激しい戦闘の末、南軍は破れた。敗戦の傷跡は徐々に回復し、近代化の波が押し寄せ始めた19世紀の末、マーシャル市にも鉄道網が延びてきた。
広陵たる綿畑の中で鉄道工事が始まったとき、それまでには見られなかった人々が移り住んできた。仕事を求める弁護士たちである。鉄道工事には、人身事故が付き物、事故に関する係争を専門とする弁護士にとっては、新たな市場である。こうして、小さな町の割には、弁護士の数が多い社会構造が創られた。
20世紀に入り、綿産業が低迷期を迎えるとともに、陶器の技術が普及した。豊かな農地は、焼き物用の土に適していたのであろう。この頃まで、マーシャルは、比較的のどかで静かな南部の田舎町であった。人々は、飽きることなく南北戦争を懐かしみ、祖父・曽祖父等が巻き込まれた数々の戦闘の跡を語り継いだ。現在でも、土地の人々が集まる折には、南北戦争における祖先の様々なエピソードが熱い話題となる。このような生活習慣が長期化するにつれ、保守的体質が人々の心の中に浸み込んでいったのは、不思議なことではあるまい。
彼らのメンタリティーに従えば、綿畑(不動産)が唯一の財産である。その財産に対する不法侵入者に対し、政府が保護を与えてくれる。特許権も不動産と同様、政府によって認定された財産権である。これを犯す者は、不法侵入者と同じだ。こうして特許権者に同情が寄せられる。
1980年代後半、マーシャル市に小さな異変が訪れた。テキサス州ダラス市に拠点を置くテキサス・インストルメンツ社(TI)による特許侵害訴訟の提起である。TIは、いわゆるキルビー特許を中核とする半導体技術を囲い込んだ強力なパテント・ポートフォリオを武器に、複数の企業に対し特許戦争を挑んだ。
サムスン、ヒュンダイ、ソニー・・・TIによる特許戦略は、マーシャル地区連邦裁判所を巻き込み、スケールの大きな法廷闘争に発展した。マーシャル地区の住人は、突然嵐のごとく飛び込んできた知的財産権をめぐる争いに、陪審員としていやおうなく関わりを持ち始めることとなった。
地域全般が極端な保守傾向に置かれた住民にとって、連邦政府(特許商標庁)によって権威付けられた特許権を侵すことは、許しがたい不徳な行為である。住民たちは、特許論争に対し、思うが侭に対応した。その結果、原告(特許権者)の勝訴率は、80%を超える驚異的な高率となった。特に、権利の有効性に関しては、昨年まで特許権無効の判決を得て勝訴を収めた被告は皆無である。
マーシャル地区連邦裁判所による極端とも思われるプロパテント傾向は急速に評判となり、侵害行為に悩む特許権者たちが殺到した。マーシャル地区を中心とするテキサス州東地区における提訴件数は、1990年代、年間30件足らずであったが、2008年の統計では307件に達する。この提訴件数は、長年最大の提訴数を保ってきたカリフォルニア州中部地区(ロサンゼルス)を超え、全米第1位である。人口規模と経済規模を考慮すれば、地方の小都市におけるこの提訴件数は異様である。加えて前述のごとく、特許権者の勝訴率は80%に近い。
こうしてマーシャルを中心とするテキサス州東地区連邦裁判所は、特許権者の天国、あるいはプロパテントの都と呼ばれるに至った。この地区の裁判所は、マーシャルに加えて、タイラー、シャーマン、テクサルカーナ、ラフキン、及びボーモントの各市に分署を置く。
それでは、マーシャル地区連邦地方裁判所の特質をさらに具体的に分析してみよう。
(c) マーシャル地区連邦地方裁判所の特質
マーシャル地区の裁判所による実務を考察するとき、特に興味を引くポイントが3つある。
第一に、テキサス東部における住民の根強い保守傾向である。代々土地と強固に結びついた農民にとって、土地所有権を保証する連邦政府は、絶対的な信頼感に支えられた存在である。その連邦政府(特許商標庁)が慎重な審理を経て発行した特許権は、不動産のごとき財産権と同様、敬意に価する。
陪審を構成するテキサス東部住民にとって、特許権に対し権利無効の挑戦を企てる被告(非権利者)の態度は、権威に対する非礼な暴挙として映るのではあるまいか?だから、権利無効で勝訴を得た被告は昨年まで存在しない。
非侵害の抗弁についても、事情は基本的に変わらない。特許発明との相違を強調し、非侵害の理論によって被告を擁護する弁護士の弁論は、テキサス東部の住民にとって、狡猾な言い逃れとして響くのであろう。
その結果が異様とも思われる原告勝訴率となったものと推察される。
第二に、判事による徹底的なルール遵守の実務を挙げるべきであろう。連邦地方裁判所には、その地特有のローカル・ルールの適用権限が許される。マーシャル地区裁判所における特質は、極端とも思われるルール遵守方針である。誤解を避けるために言明すれば、厳格なのはルールの中身ではなく、ルールを適用する上での実務にある。
特に期日、そして書面の分量、質問項目の数・・・ルール違反に対し宥恕の余地は皆無に近い。この極端な方針は、実務的に見るとき、被告にとって特に過酷な負担を強いることになる。何故ならば、原告側は提訴前からの準備が可能である。これに対し、被告側は通常、提訴された後に具体的に訴訟対策を開始する。この差は意外に大きい。特に期日の遵守に厳しいため、手続の進行は、他の裁判所地区と比較して遥かに早い。このため、準備が遅れがちな被告側の負担は、特に厳しくなる。
極端とも思われるルール遵守の体制は、どのように築かれたのだろうか?鍵を握ると見られるのは、マーシャル地区裁判所の代表を務めるジョン・ウォード判事(T.John Ward)である。今年63才を迎えるウォード判事は、地元でビジネス・ローヤーとしての経歴を重ねた上、クリントン大統領の指名により、1999年9月判事に就任した。
ジョン・ウォード判事

着任以来、裁判手続の開始に先立って、原告・被告側の弁護士に対し、ルールの遵守に関する誓約を求める。誓約に例外は許されない。制限を超えた文書量、そして証人に対する誘導尋問は、厳しい制裁の対象となる。中でも期限の遵守は絶対的である。その結果、マーシャル地区における地裁審理は、1年未満で決着を見るいわゆる「ロケット・ドケット」として注目を集め始めた。
ウォード判事によるルール遵守を核とする訴訟モデルは、テキサス東部の他地区においても、急速に浸透した。結果的に、原告有利の実務が地域社会に形成されるところとなった。
第三に、急増する特許訴訟による経済効果を無視することはできない。傑出した経済活動に欠ける地方の小都市にとって、大型の訴訟事件は、さまざま側面での経済効果を派生した。数多くの法律事務所が開設され、長期滞在する訴訟関係者が訪れ、それらにかかわる地元産業は、急速に潤い始めた。
(d) 日本企業としての戦略
(i) 非権利者として
テキサス州東地区における特許侵害訴訟において被告とされた場合、次の点を明確に認識すべきであろう。
第一に、特許権無効を中心とする抗弁は、極めて困難である。その理由は、テキサス人のメンタリティーに従えば、連邦政府としての特許商標庁の認可した特許権に対しては、敬意を払うのが当然の理であり、これに戦いを挑むことには理屈以前の生理的な反感を覚えるようである。
だが無効化の道がないわけではない。まず(1)議論の余地がないほどに近接した公知資料(単一の先行米国特許が好ましい)を入手した場合、そして(2)権利者の特許権取得手続において、特許商標庁を欺く不正行為(フロード)が判明した場合である。つまりテキサス人の正義感に訴える戦略が好ましいと思われる。
第二に、被告が勝訴を得た判決における理由は、基本的に非侵害による抗弁である。ここでポイントとなるのは、クレームの範囲を認定するための、いわゆるマークマン・ヒアリングにおける戦略である。
マークマン・ヒアリングは、地元テキサス人による陪審が関与する以前の手続ではあるが、裁判官自身テキサス人であることを忘れてはならない。つまり、他の地区における基準に基づく実務は、通用しないことを認識すべきであろう。このため自己に有利なクレーム定義に導くためには、工夫を要する。一例を挙げれば、すべての事項に関し有利な定義を求めず、重要な事項に絞り、非重要事項については、ある程度譲歩することにより目的を達成することが可能となる。
第三に、サマリー・ジャッジメント(略式判決)の積極的活用である。先の公知資料又はマークマン・ヒアリングにおいて有利な材料が入手された場合には、陪審によるトライアルを待つより、サマリー・ジャッジメントを活用することにより、審理を短縮し、費用を節減し、さらに予測不能に近いテキサス人による陪審を回避することも可能となる。
(ii) 権利者として
近年の傾向としては、日本企業が原告として特許訴訟にかかわることも珍しくない。特に、中国・韓国・台湾企業との関係においては、権利者として侵害品対策のため、特許訴訟に関与する例が急増中である。
当然ながら、極端なプロパテント政策を取るテキサス東地区への提訴は、権利者企業にとって、魅力のある管轄であろう。ここで留意すべきは次の点である。
第一に、前述のごとく、権利者が敗訴した場合の基本的理由は、非侵害に基づく被告企業の抗弁が容認されたときである。総体的に見れば、被告の抗弁が容認される背景には、権利者による特許権取得における不正行為(フロード)ないしそれに近い行為が認定された場合が多く見られる。それを回避するためには、提訴前の準備作業として、ファイル・ヒストリーの詳細な検討が重要なポイントなるように思われる。仮に疑義ある場合は、再発行(Reissue)あるいは再審査(Re−examination)により、可能な限り自ら欠陥を修正しておくことが薦められる。
第二に、権利者が有利となる一つの要素は、審理が迅速であり、かつ手続の延期が認められない点にある。権利者としては、提訴前の準備を整えておくことにより、この利点を強化することができる。このため、先のファイル・ヒストリーを含め、マークマン・ヒアリング、証人の準備、モック・トライアル(模擬トライアル)等、可能な限り、事前準備を進めておくべきであろう。
第三に、上記のいずれの点に関しても、東地区特有の判断基準が存在する。極論すれば、各担当判事により差異が見られる。このため、これらの事情に精通した地元弁護士を訴訟チームに含めることが鍵とある。
最後に、マーシャルを中心とするテキサス東部地区裁判所による実務の将来を予測してみよう。
(e) マーシャル地区連邦裁判所の将来
特許権者たちにとって天国とも思われるマーシャル地区裁判所による実務は、非権利者たちにとっては地獄であろう。このため、この実務をめぐり、二つの相反する顕著な現象が浮かび上がってきた。
第1に、急激な訴訟件数の上昇である。2008年における総件数は、307件に達した。その結果、すでにロケット・ドケットの評価は過去のものとなり、審理期間は約24ヶ月を越える状況であり、他地区と比較して、格別早期審理と呼ぶのは困難になりつつある。
またこの地区の裁判官は、事件数が過重になっても、他地区に事件を移送することをためらう。従って、審理期間は、今後さらに長期化するものと予測される。その時、ルール遵守の方針は、早晩限界が訪れるもと思われる。
その結果、極端な被告不利の実務は、ある程度解消されることになるであろう。
第2に、極端なプロパテント政策に対する批判は、テキサス東部地区裁判所に限らず、全米的に浸透中である。この動きは、マーシャル地区を初めとするテキサス東部地区裁判所による偏った判決傾向に対する修正機能を果たすことになるものと予測される。
具体的には、連邦高裁(CAFC)による判決の破棄・差し戻しである。現に、相当数の控訴事件が、CAFCによる審理継続中であり、結果的にテキサス東部地区裁判所による多くの判決が覆され、あるいは修正されるものと予測される。
第3に、テキサス州東地区に対抗する管轄の出現である。最近、他州においても、プロ・パテントを指向する地区が出現した。例を挙げれば、ウィスコンシン州西地区、さらにデラウェア州も権利者有利の傾向が顕著である。特に、過去1年間に限れば、デラウェア州における陪審審理に関しては、総件数21件中、20件において、権利者が勝訴を収めている。従って、ここ数年の間、テキサス州東地区に極端に集中した傾向は、少しづつ緩和されて行くであろう。
上記の考察をまとめれば、次のようになる。
注目を集めたテキサス東部地区裁判所によるプロパテント傾向は、案件の急増による審理期間の長期化、及びCAFCによる修正機能により、実質的な方向転換を迫られるであろう。しかしながら、それでもマーシャル地区裁判所を中心とする基本的なプロパテント傾向は、地元住民、担当判事たちの保守性と地元産業に対する経済効果に支えられ、息長く根付くが、一極集中という現象は、緩和されるものと予測される。
次に、トロールやテキサス州東地区裁判所に限られないが、米国特許訴訟において、確実に増加中の陪審審理の実態と対応について考えてみよう。
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