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革命なき改革:英国仲裁法の近代化
(23/11/29)
法務委員会による1996年(英)仲裁法(以下「仲裁法」)の見直しは、国際仲裁界で注目の的となっている。同法は、法務委員会が2021年にそれが「最新の状態」であり続けるための改革の必要性の評価に着手するまで、25年のもの間仲裁法のbeau idéal (理想的なもの)として機能してきた[1]。
2022年と2023年にそれぞれ、法務委員会の潜在的な改革を盛り込んだ諮問文書が発表された。その後、2023年9月6日に法案を含む最終報告書が発表された。コンサルテーション・ペーパーで取り上げられた論点は削られており、最終的な勧告では審議中のすべての論点について改正が提案されているわけではない。
仲裁界は法案をめぐる議論と討論で沸き立っているが、法案はまだ法制化されておらず、勧告された改革のいずれかを法制化するかは英国議会が検討することになっている。いくつかの重要な改正勧告がある一方で、そのステークホルダーらにとって特別な意義を持つものもある。以下では、そうした5つの問題について論じる:
I. 第67条への異議申し立てに対する限定的な審査
仲裁法第67条は、当事者が仲裁廷の裁定に対し、その実質的管轄権について異議を申し立てることを認めている。この規定は、管轄権に関する肯定的宣言と否定的宣言の双方に適用され[2]、英国裁判所に全証拠を再審理する権限を与える[3]。
法務委員会は、当事者が仲裁に参加し、裁判所の管轄権に異議を申し立てた場合、英国の裁判所に対する異議申立は、通常、完全な再審理ではなく、限定的な再審査の方法によるべきであると勧告している[4]。限定的な再審査とは、裁判所が、a)相当な配慮(reasonable diligence)をしていたにもかかわらず、これらが法廷前に提起され得なかった場合を除き、新たな異議申立て理由または新たな証拠を認めるべきでないこと、b)裁判の利益(interest of justice)にかなってそうすることが要求される例外的な状況を除き、証拠を再審理すべきではないことを意味する[5]。
提案されているアプローチは、フランス、シンガポール、オーストラリア、香港、カナダなどの主要な法域では、管轄権に関する裁定が争われた場合、事実と法律の両方の問題について完全かつde novo (初めからの)再審理が認められていることとは対照的である[6]。
法務委員会の勧告は、仲裁廷が自らの管轄権を決定する権限と、裁判所がこの問題について最終的な判断を下す権限との間で絶妙なバランスを取ろうとしている。しかし、英国の裁判所が第67条のケースにおいて必ずしも全面的な再審理を認めていないことを考えると、提案されている改革は現状から大きく逸脱することにはならないかもしれない。
さらに、2021-22年に仲裁法第67条に基づき出された請求はわずか27件、2020-21年には17件と推定されている[7]。すべての請求がトライアルに進むわけではない。例えば、最近のあるケースでは、英国の裁判所は、その成功の見込みがない、あるいは裁判を行うやむを得ない理由がないとして、略式ベースで第67条の請求を棄却した[8]。
とはいえ、デュープリケートな再審理が阻止されることを保証するために、裁判所規則で手続きを明確にすることは有益であろう。
II. 仲裁合意の準拠法
一般的に、仲裁合意はマトリックス契約の条項として含まれているが、仲裁合意とマトリックス契約が異なる準拠法によって適用される可能性があることは比較的議論の余地がないことである。これらの法律は、仲裁手続がバーチャルで、または世界のいずれの地域で行われる場合においても、仲裁手続が行われるとみなされる場所である仲裁の法定所在地とはさらに異なる可能性がある。
仲裁合意の準拠法は、多くの場合、明示的に特定はされていない。このことは、仲裁合意の範囲や有効性に関する疑問が生じた場合、そのような疑問について判断する法律の明示的な選択がされていないことを意味する。
この問題を認識した英国最高裁判所は、Enka v Chubb[9]において、準拠法の明示的な選択がない場合、限定的な状況を除き、通常、マトリックス契約の法律も仲裁合意に準拠するとの判決を下した。マトリックス契約の準拠法の選択がない場合、最高裁は、仲裁合意の準拠法を決定するために、最も密接な関係(test of closest connection)というテストを提案した。
最高裁のアプローチは複雑で不確実なものとなり、仲裁契約の準拠法の決定をめぐる紛争を引き起こすこととなった。より最近では、Kabab-ji v Kout Food Groupにおける強制執行手続にて、英国最高裁判所はEnkaのアプローチを拡張し、マトリックス契約における法律が仲裁合意を支配する黙示の法律選択としても機能するものであるとした[10]。フランスの裁判所における強制執行手続においては、仲裁合意に適用されるのは裁判地の法律であると破毀院(cour de cassation)が判断した[11]。結果としてこのケースは、仲裁合意に適用される法律の決定における英国とフランスのアプローチの違いをさらに確立させるものとなった。
このような予測不可能性を回避するため、法務委員会は、当事者の明示的な選択がない場合に仲裁合意の準拠法を決定するための単純なルールを提案しており、それは、仲裁地であるとしている[12] この勧告は、実施された場合、将来に向かって効力を持つべきであり、改正が発効する前に締結された仲裁合意には適用されないことが提案されている[13]。
このことは、英国&ウェールズにおいて、仲裁合意の準拠法を決定するための二重の制度を生み出す危険性がある。なぜなら、法改正前に締結された仲裁合意は、依然としてEnka v Chubbのルールに従うことになるからである。カットオフ日以前に締結された契約と、カットオフ日以降に締結された契約との間の人為的な区別に基づくこのような二重性は、仲裁契約に適用される法律を決定する際の複雑さや不確実性を排除するという表明された目標を損なう恐れがあるものである。
優れたドラフティングによって規定のルールの必要性が排除されることを望む一方で、これは英国の仲裁制度の予測可能性を高め、仲裁ハブとしてのロンドンの魅力を高めるのに役立つ歓迎すべき進展である。
III. 仲裁人の開示義務
仲裁法は、仲裁人の開示義務については沈黙してはいるものの、いくつかの仲裁機関の規則および英国のコモンローに基づき、仲裁人の公平性に関して正当な疑いを生じさせる可能性のあるあらゆる状況の継続的な開示の義務が存在している[14]。公平性は、仲裁人の中立性を保つ能力に関係する。これは、仲裁人が当事者または紛争に対して持つ可能性のあるあらゆるつながりに関する独立性とは異なる。注目すべきは、開示義務は仲裁人の公平性に関わる状況についてのみが含まれているのであり、仲裁人の独立性に関わるものではないことである。
法務委員会は、コモンローに基づく一般的な開示義務の成文化を勧告している[15]。この義務は、仲裁人が合理的に知るべき状況にまで及び、その実際にもつ知識に限定されない[16]。つまり、仲裁人には、自身が実際に知っている状況に限らず、ケースごとに異なる客観的な基準に照らして開示を行う責任がある。
これは、特定の事実や状況に照らして開示義務の範囲を解釈するために必要なゆとりを提供する一方で、仲裁プロセスの完全性を高める歓迎すべき進展である。
IV. 略式での処分
訴訟において、現実的にその成功の見込みがない場合、英国の裁判所は請求を略式ベースで判断することがある。これは、ケースまたは特定の争点が裁判にかけられず、略式判決によって対処されることを意味する。
仲裁法は仲裁人に請求を略式で処分する権限を明示的に与えてはいないが、その第33条に基づき、仲裁人には当事者の合理的な提訴の機会を尊重する一方で、不必要な手続き上の遅延や出費を回避する義務が課せられている。とはいえ、潜在的な異議申立手続きに対する恐怖感から、「デュー・プロセス・パラノイア」とも呼ばれる仲裁における略式処理に反する一般的な認識が存在している。
実際、主要な仲裁機関が早期または略式の処分を導入したのはごく最近のことであり[17]、統計によれば、当事者や仲裁人がこのような手続きに頼ることはほとんどない。例えば、2016年から2022年まで、SIACの仲裁において早期の却下を求める申請が提出されたのはわずか56件であり、そのうち全面的に認められたのはわずか5件であった[18]。
法務委員会が、当事者の合意を条件として、仲裁人に略式での処分の申請を認める権限を与える明示的な規定を勧告したことは歓迎されることである[19]。このような申請を決定するための手続の形式は、当事者との協議の後、仲裁廷の問題となる[20]。
提案されている略式処分申請の判断基準は、英国の裁判手続で踏襲されている、本当に成功する見込みがあるかどうか(test of real prospect of success)というテストである[21]。これは、いくつかの仲裁機関の規則で規定されている「明らかにメリットがない」というテスト[22]とは一線を画すものであるが、裁判所や法廷がこの2つの基準の間に意味のある違いを見分けるかは未知数である。
この勧告が実施されれば、仲裁コミュニティはこれを好意的に受け止めるだろう。明示的な略式処分権は、仲裁人が抱く可能性のある懸念を和らげ、正当化される場合には、迅速な手続きによる紛争の効率的かつ迅速な解決を可能にする。これを略式判決に関する英国法の標準的なテストとリンクさせることによって、当事者と仲裁人は、判断基準の解釈において利用可能な法律学の恩恵を確実に受けることができるのである。
V. 第44条に基づく第三者命令
仲裁法第44条は、仲裁手続を支持する命令を出す権限を英国の裁判所に与えている。これは、差止命令の凍結、証拠保全命令、物品売却命令、管財人任命命令などの形式をとることができる。第44条の命令が仲裁の当事者に向けられる可能性があることは明らかである。このような命令が第三者、すなわち仲裁手続の当事者でない者に向けられるかどうかについては、不明確な点がある。
法務委員会は、第44条を改正して、この規定に基づく命令に対して完全な上訴権を有するであろう第三者[23]にもこの命令が及ぶことを確かにすることにより、この不確実性を解消することを目指している[24]。この明確化により、第44条に基づき裁判所が民事訴訟の場合と同様に仲裁に関する命令を下す権限についても再確認がされることになる。
この変更が採用されれば、英国の裁判所が仲裁を全面的に支持するという点で、ハンディキャップがあるという認識は払拭され、民事裁判手続きにおける強制力の全範囲が仲裁においても通常利用可能であることを当事者に知らせることになる。
VI. 未解決の問題
法務委員会は、仲裁法が引き続き「目的に適合(fit for purpose)」[25]し、仲裁ハブとしての英国の地位を促進するために、いくつかの重要な改革を提案している。また、委員会が改革しないことを選択した分野もいくつかあり、そのいくつかを以下に述べる。
守秘義務(cconfidentiality):仲裁法には守秘義務に関する規定がなく、法務委員会はこの点に関する改革を勧告しておらず、この問題は当事者、仲裁機関、必要に応じて英国裁判所が対処することになっている[26]。当事者らが守秘義務を要求する場合、明示的に規定するか、仲裁規則を選択することができる。一部の仲裁機関の規則ではすでに守秘義務を定めており、当事者がこれを除外することもできる[27]。他方で、公共の利害に関わる仲裁において透明性を求める動きもあり、提案された新法はさまざまな状況の仲裁に適用されることになる。そのため、法務委員会は、複数の例外が必要となる可能性があり、将来性を確保できない可能性のある秘密保持に関する既定規則は避けるのが最善であると公正に考えたのである。
適用される法律に関する上訴:法務委員会は法第69条の改革を提案していない。この規定は、当事者の合意または裁判所の許可により、適用される法律に関する仲裁判断に対する裁判所の上訴を認めている[28]。当事者らはこの規定、及び複数の仲裁規則について適用をしないことに合意することができ、UNCITRAL商事仲裁モデル法はその中に含まれる。[29] 対照的に、ロンドン海事仲裁人協会は、限定的な状況において第69条に基づく上訴が可能であることを認めている[30]。まれではあるが、第69条での上訴が成功したケースは実際に存在している[31]。したがって、第69条は、英国で行われる仲裁において、裁定に対する有用な手段であり続けるであろう。
適仲裁における差別:法務委員会は、仲裁における差別法の適用可能性の問題について改革を勧告していない。英国最高裁判所は以前、仲裁人は仲裁当事者の従業員でも部下でもないため、2010年平等法は仲裁人の選任には適用されないと判断し[32]、改革を求める声が上がった。しかし、差別を禁止するいかなる規定も、付随的な訴訟や裁定に対する不当な異議申し立てを誘発する可能性があることを考慮し、委員会はその勧告を見送った。これは、仲裁における多様性が重要でないことを意味するものではない。むしろ、法務委員会は、現時点では法制化すべき適切な問題ではないと認識しているのである。
信託証書における仲裁合意: 後に、多くの関心を集めたものの、今回の検討プロセスには盛り込めなかったもう1つの問題は、信託法上の仲裁を可能にすることであった[33]。大規模な影響を及ぼす仲裁法および信託法に対するより広範な改革が必要となる可能性があることから、法務委員会は、この問題に関して個別の検討プロセスを実施することにした。
注釈
[1] https://www.lawcom.gov.uk/project/review-of-the-arbitration-act-1996/
(最終アクセス日時:17:20, 14 September 2023)
[2] 稀ではあるが、英国の裁判所が、仲裁廷が請求に対する管轄権を有していないという仲裁廷の判断を覆したことがある:GPF GP Sarl v Poland [2018] EWHC 409 (Comm).を参照のこと。
[3] Dallah Real Estate & Tourism Holding Co v Pakistan [2010] UKSC 46.
[4] Review of the Arbitration Act 1996, Consultation Paper 258, March 2023, para 3.6.
[5] Review of the Arbitration Act 1996: Final Report, September 2023, Recommendation 11, para 9.97. (“Final Report”)
[6] Pyramids Case, Cass. civ. 1ère, 6 January 1987; S Co v B Co [2014] 6 HKC 421; Insigma v Alstom [2009] SLRR 23; Lin Tiger Plastering v Platinum Construction (2018) 57 VR 576; Russia v Luxtona Lta [2021] OJ No. 3616.
[7] The Commercial Court Report 2021–2022, p. 13 (March 2023), https://www.judiciary.uk/wp-content/uploads/2023/04/14.244_JO_Commercial_Court_Report_WEB.pdf. (最終アクセス日時:16:00, 19 September 2023)
[8] National Iranian Oil Company v Crescent Petroleum Company & Anr [2023] EWCA Civ 826.
[9] Enka Insaat Ve Sanayi AS v OOO “Insurance Company Chubb” & Ors [2020] UKSC 38.
[10] 最高裁判所は、1958年の外国仲裁判断の承認及び執行に関するニューヨーク条約第5条(1)(a)に基づく規定を英国法に輸入する同法第103条(2)(b)の目的のため、マトリックス契約法を仲裁合意の準拠法として選択された法律を「指し示すもの」であると読み取った;Kabab-Ji SAL (Lebanon) v Kout Food Group (Kuwait) [2021] UK 48。
[11] Cass., 1ère ci., 28 Septembre 2022, n° 20-20.260.
[12] Final Report, Recommendation 19, para 12.77.
[13] Final Report, para 12.78.
[14] Halliburton Co v Chubb Bermuda Insurance Ltd [2020] UKSC 48.
[15] Final Report, para 3.65, 3.66, 3.75.
[16] Final Report, para 3.95, 3.99.
[17] Rule 29 (Early dismissal of claims and defences) introduced in SIAC Rules 2016; Article 39 (Summary procedure) introduced in SCC Rules 2017; Article 43 (Early determination procedure) introduced in HKIAC Administered Arbitration Rules 2018; Article 22.1.(viii) (Early determination) introduced in LCIA Arbitration Rules 2020; 2017年にICC裁判所はプラクティスノートを改訂し、明らかに理由のない主張ないし反論に対して迅速に決定ができることができるようにした。
[18] Singapore International Arbitration Centre, Annual Report, 2022, p. 21,
https://siac.org.sg/wp-content/uploads/2023/04/SIAC_AR2022_Final-For-Upload.pdf.
(最終アクセス日時:18:00, 19 September 2023)
[19] Final Report, Recommendation 5, para 6.24.
[20] Final Report, Recommendation 6, para 6.34.
[21] Final Report, Recommendation 7, para 6.51.
[22] 参照:Article 22.1(viii) LCIA Arbitration Rules 2020; Rule 41 ICSID Arbitration Rules 2022; Rule 29 SIAC Rules 2016; Article 43 HKIAC Administered Arbitration Rules 2018; Rule 6.11(d) AMINZ Arbitration Rules 2022.
[23] Final Report, Recommendation 8, para 7.27.
[24] Final Report, Recommendation 9, para 7.40.
[25] Final Report, para 1.8.
[26] Final Report, para 2.21.
[27] For instance, see Article 30 LCIA Arbitration Rules 2020.
[27] 例えば、LCIA仲裁規則2020年第30条参照。
[28] Final Report, para 10.1.
[29] 参照:Article 26.8 LCIA Arbitration Rules 2020; Rule 32.11 SIAC Rules 2016; Article 35(6) ICC Arbitration Rules 2021; Article 34 UNCITRAL Model Law on International Commercial Arbitration 2006.
[30] https://lmaa.london/appeals-challenges-and-precedents/
(最終アクセス日時:14:30, 15 September 2023)
[31] For example, see Tricon Energy Ltd v MTM Trading LLC; The MTM Hong Kong [2020] 2 All ER (Comm) 543.
[31] 例えば、Tricon Energy Ltd v MTM Trading LLC; The MTM Hong Kong [2020] 2 All ER (Comm) 543を参照。
[32] Haswani v Jivraj [2011] UKSC 40.
[33] Review of the Arbitration Act 1996, Consultation Paper 257, September 2022, para 1.8.
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン
外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
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