執筆者:ライアン・ゴールドスティン
ロサンゼルス、午後5時。一段落して、ジムで汗を流している時もブラックベリーは手放せない。日本企業が動き出し、クライアントからの連絡が入るからだ。日本との時差は8時間。私がロスでの仕事を終えようとしている頃、日本企業は仕事を始める。つまり、午後5時は終業時間ではなく、第二の就業時間なのだ。
日本とは8時間の時差があるのでその対応は深夜に及ぶこともある。このコラムが始まって以来、何度も話しているが、弁護士はサービス業である。訴訟を抱えた日本の企業は、不安を抱えた時に、すぐにコンタクトのとれる、アメリカの事情に詳しい弁護士に、母国語である日本語で相談した方がより信頼感は得られるだろう。
昨今のこうした業務の中で、日本企業が実態がつかめずに不安だと聞くのがeディスカバリー。先日、ニッポン放送に出演した際も同様のコメントを求められたのだが、日本企業にとって自国の法律ではない上に、その制度の全容は外国語での理解は難しいと感じることもあるだろう。今回はそのeディスカバリーについてわかりやすく話してみたい。
アメリカでの訴訟では、原告と被告が、内部情報も含めて、訴訟に関連した証拠の全面的な開示を相手に要求できる情報開示義務がある。
この「ディスカバリー制度」の中でも、2006年に連邦民事訴訟規則(U.S. Federal Rules of Civil Procedure)が改定され、導入された「eディスカバリー」(電子証拠開示手続き)は法廷での証拠として、原告、被告の双方が電子的に保存された情報を開示しあう制度である。この法律の施行前でも電子メールなどが証拠として扱われることはしばしばあった。
そして昨今は法律の導入も手伝ってか、アメリカで事業を展開している企業の注目を集め、特にアメリカに進出した日本企業の多くは対応に苦慮しているとも耳にする。
eディスカバリーは一旦要求されると、電子文書、契約書、設計図、電子メール、サーバ履歴など、社内にあるパソコンやネットワークから必要な情報を検索して収集、提出しなくてはならない。また、「証拠を持っているのに隠している」とみなされたら、制裁の対象にもなりかねない。
アメリカで事業を展開している日本企業であれば、アメリカの事業所などの分だけではなく、日本にある本社のデータセンタなども対象になる。一回の訴訟で集まる資料は、数百万ページに及ぶ時もある。その上、資料が日本語であれば、まずは担当する弁護士が理解できるように翻訳しなければならないし、証拠として提出する際にも翻訳が必要になる。
また、これらの膨大な資料を一人で精査できるわけではないので、何人もの弁護士が一堂に会し作業にあたったり、ある事務所では精査センターへの依頼を検討することもあるという。精査センターとは、膨大な情報を集中的に精査するだけでなく、事前の情報管理体制の構築なども手掛けるeディスカバリーに対応、支援するサービスだ。精査には情報源の言語に精通する弁護士があたり、各国の時差にも対応できるよう24時間フル稼働している。
ただし、精査センターにも一長一短あることを忘れてはならない。たとえば、センサセンターで作業にあたるのは英語が母国語でない人であったり、何を意図して精査しているのかをつかめず、言われたとおりに機械的に業務を展開するセンターもある。さらには精査には多額の費用がかかるのだ。
アメリカ国内では、膨大な資料を扱うようになるなど訴訟のあり方も変化しているわけだが、ここで問題になるのが、「何」を精査するかである。
膨大な情報をコントロールできるスキルを求められていることには自覚がある。
提出の遅延や制度は訴訟の結果を左右し、その精査をどのように進めるはかは非常に重要である。
しかし、法律の専門家以外の多くの人が、「証拠」とはいったい何を指すか、何を証拠として提出すべきかと、漠然とした「証拠」という言葉を把握できずにいるだろう。
読者には具体的につかんでいただきたいので、eディスカバリーで証拠になり得た実際のケースを例にとって説明しよう。
ある女性が女性であることを理由に解雇されたと訴えたケース。訴えられた企業側は、女性であることが解雇理由ではなく、彼女が同僚と和をもって仕事を進められないことの方を問題視していた。訴訟のために提示された資料、eディスカバリーに該当する資料の中から、私が注目したのは、彼女の日常を浮き彫りにすることができるかもしれないコンピューターの閲覧履歴だった。犬が好きな彼女は、「犬占い」のHPにアクセスしていた。そのページで彼女がうらなっていたのは、男性部下の昇進について。アニメーションの犬に「彼は昇進すると思う?」という問いに、犬は「できないよ」と返答し、喜んだ彼女は、男性部下の昇進を快く思っていない旨を表す書き込みをしていた。同僚たちとは仲良くし、部下たちの活躍も助けていたと証言していた彼女の真実が露呈した。
eディスカバリー導入前なら、仕事の合間に一息入れようとHPの閲覧し、アニメーションの犬に、本音を吐露しただけのことであり誰にも知られずに済んだかもしれないが、導入後は立派な証拠として有効に働くことになった典型的な例である。
証拠として扱われる全体の情報量のほんの一行、一枚というわずかな資料が、判例を覆すこともあると考えれば、企業側は「すべて」を大切にしたがるかもしれない。そして、「すべて」を把握したうえで、裁判に臨んでほしいと弁護士に求めるだろう。
この「すべて」の探り方、考え方は弁護士それぞれだ。私は、まず「クライアントの話」に耳を傾け、何を求め、訴えようとしているのかをひたすら聞く。そして、テーマがみえてきたら、想定できる結論をいくつか見出し、それに該当するすべての資料を抽出する。当たり前だと思うかもしれないが、ある弁護士にとっては、まず、すべての資料に目を通すことによって時間を稼ぎ、自分の弁護費用に意図的に反映させる作戦をとる者もいる。また、経験が伴わずすべてに目を通さないと不安だという者もいるだろう。後者は私にも経験がある。
読者がクライアントの立場に立った時、ぜひこうした弁護士の「展開」にも着目してほしい。熟達すればするほど貴人の言葉に注意深く耳を傾け、その場で不明な点があれば聞き直すなり、調べたいと正直に話すだろう。そして、貴人の言葉をキーにして、膨大な資料から効率よく証拠を見つけ出してくれるはずである。
また、次回以降に詳しく述べたいが,eディスカバリーは必ずしも日本企業にとって不利なことではく、有利に働くことも多い。経験がないというだけですべてに不安にならないでいただきたい。そのために弁護士が存在するのだから。
この夏から東京オフィスに常駐しているので、日本のクライアントとはオンタイムで顔を合わせることができる。今度はアメリカの始業時間を深夜1時に迎える生活が始まった。相変わらず、私の生活は一日48時間、太陽は沈まない。