執筆者:ライアン・ゴールドスティン
12月号に続き、ITC、米国国際貿易委員会について報告する。
近年、ITCの有用性について注目している企業が増えている。ITCから差し止め命令が出されればアメリカ市場への輸出は禁止され、被告側は大きな市場を失うことになる。事実、ITCが手掛けている調査の件数は、年々増加の傾向にあり、ここ数年は大幅にその件数が増えている。
たとえば、10年前には10件にも満たなかったが、昨年は新規で30件あまりと、10年でおよそ3倍になった。昨年は11月の時点で49を数えている。しかも、前回のコラムで報告したように、ITCのホームページ上で閲覧することのできる調査中の案件でも日本企業が原告となるケースも確認できるようになった。
ITCでは、連邦裁判のそれよりもかなり早いペースで結論を得られるし、管轄に関する問題も明確である。アメリカ国内で事業を展開する企業にとって、またアメリカ市場に物流を展開している企業にとっては、ビジネス上、原告となってその存在を有効活用できればこんなに有利なことはない。
ところが、どんな企業も原告側だけではなくアメリカ市場で活動する以上、被告側(被請求人)の立場にも立たされるということを念頭に置かなければならない。そのためにも、再度、ITCと連邦裁判の特徴を確認しながら、ITCの機能とその戦略を立てる上で大切なポイントについて、私の経験を踏まえて話したい。
ITCは特許権を侵害する製品のアメリカへの輸入販売を防止する輸入禁止命令や、停止命令を出すことができる。輸入禁止命令に違反した場合には、巨額の罰金が科せられ1日につき、$100,000、もしくは、輸入品目額の2倍のどちらか金額の大きいほうが適用される。
連邦裁判は、損賠賠償の支払いを命じることができる。ケースによって、厳密な計算方法は異なるが、これまでの損害を回収することもできる。
つまり、ITCと連邦裁判を並行して起こすことで、これまでの損害分を回収し、今後の損害を防止すると考えられる。しかも、双方へは同時に訴えを起こすことを勧める。
これは一般的な手法である。
たとえばITCのほうが連邦よりも先に結論が出るから、また費用などの理由で、ITCを優先させると被告側から先に連邦裁判所に訴えられることもある。相手に主導権を握られないためにも、同時に提出したほうがいい。ちなみに、被告側はITCの調査が終了するまで連邦裁判の審理を延期することができる。同時に訴えても、必然的にITCが先に進むことになる。
また、ITCの調査は、連邦裁判のそれよりも広範囲にわたり証拠を用意する必要があると前回伝えたが、ITCの調査のために揃えた証拠類は連邦裁判でも同様のものが活用できるので、二つの裁判に同時に備えるという感覚で臨める。しかも、クレームや特許の解釈についてもITCでのやり取りの中で、相手がどんな戦略で裁判に臨んでくるかという予測もつけやすい。
さらに、ITCと連邦裁判の特徴的な違いは、陪審員が存在しないことと、第三の当事者が存在することである。この二つの大きな違いを、ITCでの経験豊富な弁護士は、有効に活用することができる。
前回話した通り、ITCの裁判官ALJは6人しかいない。つまり、自分のケースを担当する裁判官は6人のうちのいずれかになるのだから、6人の裁判官が過去にどんなケースを扱い、どんな解釈をしたか、そしてどのように判事したかを詳しく勉強することができるのだ。的が絞れれば傾向と対策が練りやすい。
そして、ITCの裁判官たちは特許関連のスペシャリストであり、国際的な問題にも造詣の深い人材がそろっているということも、裁判そのものの進行も連邦裁判のそれとは大きく異なる。
たとえば、ITCへの申し立ては100ページにも及ぶ膨大なもので、裁判が始まる前に、裁判官は内容をほぼ理解した状態にある。だから、連邦裁判では1,2時間かかる冒頭陳述も5分程度に短縮されるなど、争われている技術がどんなものであるかなどの説明が省かれることもあるのだ。
エキスパートを相手に、証人や証拠をどのようにまとめるかという手腕を問われるITC。
連邦裁判で専門知識のない陪審に話すように大げさにわかりやすく話すのはご法度。ポイントを簡潔に話さなかったり、的外れな言動は、エキスパートである裁判官にたしなめられることもある。
かつて、私が担当したITCの法廷で優秀なことで著名なある弁護士は、まるで陪審員に説明するかのように大げさな身振り手振りで裁判官に説明し始めた。裁判官は意に介せず、事の真意について追及した。ITCの裁判官にとって、特許訴訟の専門家にとって大切なのは、感情的な弁論ではなく、冷静な解説なのだ。
ITCか連邦裁判かの違いを踏まえ、求められているものは何かを判断し、弁護スタイルも変化させなければならない。
そして、ITCでの経験豊富な弁護士は第三の当事者(不公正輸入調査室調査官)との連携を大切にする。
第三の当事者には、訴状を提出する前から接触することができる。接触に制限はないのだから、訴状提出前から裁判中を通して、自分の有効性や、申し立ての出し方などもその都度、積極的に相談するのがITCの経験者の手法だ。
ただし、第三の当事者は客観的な判断を常に必要とされるため、すべてが自分にとって有利に運ばないこともあるが、相談しながらさらに自身の主張を強化できる可能性も十分にある。しかも、第三の当事者にとっても、自身が公正な判断を下すという立場にあるから、相談を受けるということは情報を得る機会にもなる。判断材料を多く持ち込まれることになるので嫌な気はしない。
ちなみに第三の当事者への相談は電話だけではなく、直接、顔を合わせてプレゼンテーションすることも可能。電話でも構わないが、たまには顔を合わせて話したほうがメリットがあると私は実感している。
前出とは別の私が経験したITCの法廷で、第三の当事者と話す必要はないという態度で臨んでいた相手側の弁護士がいた。一般的に、ITCの経験豊富な先輩弁護士などが多い事務所なら、所内のミーティングなどの段階で、第三の当事者の存在を有効に活用したほうが良いことはおのずと知らされるものだ。事実、私も若いうちから、先輩弁護士たちとのミーティングの中でITCにおいて何を大切にしたら良いかを学んだし、私自身がITCへ初めて立つ日を迎えた時にはすでに当たり前のことになっていた。
ITC訴訟は、原告にとっては有益なビジネス戦略の一つであると同時に、被告にとっては過酷な試練が待ち受けている。しかし、被告になったから「おしまい」ではない。事実、私は被告側を弁護して勝利を収めている。だからこそ、私の経験から、被告側に立った場合は、ITCに熟達した弁護士を選ぶことをお勧めする。なぜならば、ITCのルールを学びながら、訴訟の戦略や分析などその展開に対応していくのは至難の業。できないとは言わないが、経験のあるものから比べれば不利である。ITCでの経験があるかどうか、具体的にどんなケースを担当したことがあるか、それは直接担当したのかどうかなど、経験の深さを臆せずに聞こう。
そして、忘れてはいけないのが、相手も同様に同じ手順や手法で臨んでくるわけだけから、日ごろから訴訟に備えておこう。言葉で表現するのは難しいが、準備が整ったら速やかに行動に移す、危機感を感じたら「先手」を打ってほしい。「明日は我が身」である。