特許訴訟における損害賠償額について裁判所が慎重化
知財を担当する法務担当者にとって、特許侵害訴訟における賠償額の高額化は、もっとも頭を悩ませる問題の1つである。ときに、原告は、多額の賠償を認める判決を期待して合理的な和解案を拒否し、他方、被告は、そのような判決を恐れて不合理というべき和解案に合意するか、または何百万ドルも費やす裁判で戦うかの選択を迫られることになる。
現在、米国議会では、特許法について、この50年ではじめての大きな改正が議論されている。より具体的には、特許侵害訴訟における損害額の認定に関して、トライアル、証拠法、陪審員への指示について、連邦裁判所にもっと積極的な役割を付与することが検討されている。残念ながら、この3年間、このような改正への動きは失敗に終わっており、このたびの議論が実際の改正につながるというべき積極的な材料はない。しかし、最近、連邦地方裁判所・控訴裁判所では、すでに立法の動きに先立って、特許侵害訴訟における損害額の認定についてより慎重な審理をするようになっている。
損害賠償額についての現行の法的フレームワーク
特許法上、特許権を侵害された場合、合理的なロイヤルティ額を下回らない範囲で、その侵害を補填するに適当な賠償をうけることができる。35U.S.C§284(2006)法律上は、遺失利益(lost profits)と合理的なロイヤルティ(a reasonable royalty)の2種類の賠償形態があるが、ほとんどの原告は、立証が容易な後者を選択する。
合理的なロイヤルティ額の算定は、同等のライセンス契約で設定されているロイヤルティ率をはじめとした様々な要素が考慮される。これは、Georgia-Pacific v. United States Plywood Corp., 318 F.Supp.1116, 1120(S.D.N.Y. 1970)にちなんで、Georgia-Pacific factorsといわれる。このような立証の基本的な枠組みに変更はないものの、最近では、高額の賠償判決が容易になされすぎるという批判に対応して、裁判所は、より慎重に賠償額を審理するようになっている。以下に、具体的な裁判例をいくつか紹介する。
Cornell University v. Hewlett Packard Co., 609 F. Supp.2d279(N.D.N.Y.2009)
Cornell v.Hewlett Packardにおいて、連邦控訴裁判所は、Cornell側の損害鑑定人のEntire Market Value Rule適用に誤りがあるとして、陪審員が認定した1億8400万ドルの損害額を5400万ドルに減額した。
通常、たとえば、特許技術が、航空機の座席に関するものである場合、そのロイヤルティ額は、当該座席の価格をベースに算定されるのであって、航空機の価格がベースとなるわけではない。しかし、原告が、特許技術が対象となる商品全体の需要を増加させることを証明した場合、そのロイヤルティ額を商品全体の価格をベースに計算することを認められている。これが、Entire Market Value Ruleである。
Cornell側の損害鑑定人は、このEntire Market Value Ruleに従って、ロイヤルティ額算定のベースとなるHewlett Packard社の売上を230億ドルと算定し、陪審員は、この金額に0.8%のロイヤルティ率を乗じて1億8400万ドルという賠償額を認定していた。しかし、連邦控訴裁判所は、当該特許発明によってHewlett Packard社のサーバまたはワークステーション全体の需要が増加したというべき証拠はないとして、Entire Market Value Ruleの適用を否定した。
Lucent Technologies Inc. v. Gateway, Inc., et al., 580 F.3d 1301(Fed. Cir.2009)
Lucent v. Gatewayにおいても、連邦控訴裁判所は、Entire MarketValue Ruleの適用を否定した。この事案では、Lucent社は、特許侵害製品の総売上に8%のロイヤルティ率を乗じた5億6700万ドルの判決を求め、これに対して、陪審員は、3億5800万ドルの一括払いロイヤルティの支払いを認める評決を下した。
しかし、連邦控訴裁判所は、この陪審員評決は実質的な証拠を欠くとして、これを棄却し、新たにトライアルを行うべきとの命令を下した。裁判所は、判断の理由として、特許技術が消費者が特許侵害製品を購入する理由になっているとはいえず、したがって、Entire Market Value Ruleを適用すべきでないことを挙げている。また、この点に加えて、Lucent社の損害鑑定人は、その結論を導くにあたって、出来高払い式のロイヤルティの分析をベースにしているが、このような分析が、一時払い式のロイヤルティの算定の根拠となることについて、ほとんど説明がなされていないという点も指摘している。
i14i Ltd. Partnership v. Microsoft Corp., 589 F.3d 1246(Fed. Cir. 2009)
損害額の認定について裁判所が慎重な姿勢をとりつつあることは被告にとって有利にとなるものの、i14i v. Microsoftは被告において注意しておくべき事件である。この事件では、Microsoft社において、法的問題を理由とする判決の申立て(motion for judgment as a matter of law)を行っていなかったために、連邦控訴裁判所は、陪審員の評決を支える証拠が十分であるかについて判断を行うことができず、その結果、陪審員が認定した2億ドルの損害額が維持されることとなった。同裁判所は、もし、特許侵害製品の小売価格やMicrosoft社における同種のライセンス契約の観点から、陪審員の評決が行き過ぎたものでないか判断することができたならば、結論は変わっていたかもしれないと述べている。
まとめ
これらの裁判所の損害額に関する慎重な姿勢は、現在、継続中の訴訟でも、現れている。たとえば、IP Innovation LLC, et al. v.Red Hat Inc.,et al., No.07-447(E.D.Tex. Mar. 2, 2010)において、連邦控訴裁判所は、原告の損害鑑定人が鑑定にあたって使用したライセンス契約を「訴訟の対象となっている特許と比較できるものではない」として排除し、さらには、Lucent事件を引用して、Entire Market Value Ruleの適用を否定した。これらの一連の事案からは、損害額の認定について、特許法の改正に先立って、裁判所がゲートキーパーとしての役割を担いつつある傾向が明らかである。 |