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米国最高裁の2022年のビジネス判例 (22/07/29)
毎年、米国最高裁は、米国でビジネスを展開する企業に影響を与える重要な判決を下している。以下は、最高裁の2022年のビジネス判決について、米国内外のビジネスリーダーが知っておくべきことを要約した。
I. 米国最高裁の基礎知識
10月に始まる典型的な最高裁の任期では、60~70件の訴訟事例が判断される。訴訟事例は10月から4月の間、毎月のように議論される。すべての意見は通常6月末日までに出され、その時点で9人の裁判官は夏季休暇に入る。
最高裁は、どの訴訟事例を扱うかを選択する権限を持っている。一般的には、下級審の間で意見の相違がある、あるいは国内または国際的に特に重要な法的問題を提起している訴訟事例が審理の対象として選択される。最高裁が扱う訴訟事例の多くは、ビジネスや金融に直接関係するものではなく、刑法、移民法、連邦インディアン法などの分野に重点を置いているものだ。しかし、最高裁は毎年、大企業、スタートアップ企業、中小企業、そして投資ファンドにとって極めて重要な問題を提起する一連の訴訟事例に関しても、判定を行う。
II. 「重大な問題 (major questions)」に対する規制の優越の終焉
今年、企業にとって最も重要な出来事は、気候変動、金融市場、消費者安全、電気通信など、様々な分野において、企業が連邦規制当局の権限を制限することを可能にするかもしれない新しい法理を、最高裁が認めたことであった。
夏季休暇に入る前の最終日、最高裁は、オバマ政権の「クリーンパワープラン」が環境保護庁の権限を超えているとの判断を6対3で下した。(West Virginia v. Environmental Protection Agency, No. 20-1530)この判断は、クリーンパワープランが発行されることなく、トランプ政権によって廃止され、バイデンのEPA(環境保護庁)が現在代替案を作成中であるという実際になされたこと自体というよりも、国家的な大問題を解決するための今後の規制努力に示唆を与えるものとして重要な意味を持つものであった。
EPAはクリーンパワープランにおいて、石炭火力発電所のような排出量の多い発電源から、天然ガスや風力のような排出量の少ない、あるいはゼロの発電源への転換を図ろうとしていた。しかし、米国の法律では、議会が制定した何らかの法律が認可しない限り政府機関は規制措置を取ることができない。EPAは、連邦大気浄化法の規定を引用したが、これは歴史的に、個々の発電所やその他の汚染者に最も実現可能な汚染削減技術を採用するよう求めるためだけのものであり、全米の電力網に供給する発電資源全体の構成を変更するためのものではない。
最高裁は、EPAは大気浄化法の規定に基づき、国のエネルギー政策にこれほど根本的な変更を加えることを義務付けることはできないと判断した。重要なのは、最高裁が以前の判例から「重要な問題法理(major questions doctrine)」と呼ばれる原則を見いだしたことである。この原則は、議会が与えたと合理的に理解できる範囲を超えた、非常に大きな影響力を持つ権限を機関が持っていると主張する「度重なる問題」に対処するものであると最高裁はした。重要な問題法理のもとでは、機関は「膨大な経済的・政治的意義」を持つ行動を、「議会の明確な承認」なしにはとれないことになっている。
これは、規制法におけるある種の大きな変化を意味する。従来、裁判所は、環境破壊、金融規制、製薬産業など、各機関が管轄する専門的な法律の解釈について、「議会の明確な承認」を必要とせず、疑いの余地を与えないようにしてきた。しかし、「major questions doctrine」は、ほとんど逆のアプローチである。新しい規制が「経済的、政治的に大きな意味を持つ」場合、大気浄化法のような法令は、狭義に解釈され、当局の権限が制限されるものである。
EPAのケースは、最高裁がこのアプローチに依拠した唯一の判決ではない。1月、バイデン政権が大企業に対して、全従業員にCOVID-19の予防接種か週1回の検査を義務付けた規則について、最高裁は6対3の賛成多数でその効力を停止させた。 (National Federation of Independent Business v. OSHA, No. 21A244 ) EPAのケースと同様、最高裁は、職場の安全に重点を置く労働安全衛生庁に、8400万人のアメリカ人を対象とした「広範な公衆衛生規制」を出す権限を与えることを議会が意図したとは考えにくいと判断している。
このことは、今後の米国でのビジネスにどのような意味を持つのだろうか。我々は、規制当局に対する伝統的な追従が、吟味と懐疑に取って代わられる、米国法の新しい局面を迎えている。連邦政府機関は、経済や社会を根本的に変える力を持つと主張する(規制政策がどの程度「重要」であれば、より厳しい吟味の対象となるかは不明であるが)場合、法的な逆風にさらされることを予期しておくべきである。例えば、最高裁は、疾病対策センターが医療従事者にCOVID-19の予防接種を義務付ける権限に対する「重要な問題」に対する異議を却下した。(下記のBiden v. Missouri での議論を参照)
企業にとって、「重要な問題法理」は望ましくない規制に対抗するための強力な新手段となるだろう。しかし、新たな規制措置が法的な異議申し立てを切り抜けて生き残れるかどうかという不確実性も生じ、最終的には、重要な規制緩和政策や競争促進政策に対抗するために発動される可能性もある。
III. 連邦仲裁に対するいくつかの控えめな新たな障害
連邦仲裁法は、ほぼ1世紀前に議会によって制定され、クーリッジ大統領によって署名された。この法律は、民間の仲裁を通じて法廷外で紛争を解決する合意が強制力を持つことを保証し、契約によって要求される場合には仲裁を強制する権限を連邦裁判所に与え、仲裁人が与えた金銭裁定を執行するか異議を申し立てる仕組みを確立している。
ビジネス上の紛争を解決する効率的な方法として仲裁が普及していることから、連邦仲裁法は多くの法的問題を生み出し続け、下級審を分裂させてきた。最高裁は今年、そのような問題の多くを解決した。注目すべきは、最高裁は伝統的に仲裁支持派と見られてきたが、今年の5件の仲裁判断のうち、1件を除くすべてが、様々な(控えめにいうと)方法で連邦仲裁を支持せず、しかもそれが圧倒的な票差で示されたことである。
• 権利放棄:原告は、被告が仲裁を要求する前に、数ヶ月あるいは数年にわたる法廷での訴訟を行うことによって、紛争を仲裁する権利を放棄したと主張することがある。最高裁は、そのような根拠で仲裁を阻止するためには、少なくとも連邦法の問題として、原告は被告の遅延によって損害を受けたことを示す必要はない、と全会一致で判示した。(Morgan v. Sundance, Inc., No. 21-328)
• 国での仲裁のための証拠開示: 連邦法では、当事者は他国での裁判に使用するために文書を入手し、宣誓証言を行う証拠開示を米国内で行うことができる。しかし、最高裁は全会一致で、この法律は民間の仲裁に関連して使用することはできないと判断した。(ZF Automotive US, Inc. v. Luxshare, Ltd., No. 21-401)
• 免除される運送業の従業員: 連邦仲裁法には、「外国または州間の商取引に従事する労働者」との雇用契約に対する免除規定がある。つまり、そのような契約における仲裁条項は連邦法の下では強制力を持たず、従って従業員は法廷で訴えることができるのである。航空機に貨物を積み込む航空会社の従業員をめぐる裁判で、最高裁は、州や国の境界を越えて貨物の輸送に直接関わる労働者であれば、たとえその労働者自身が仕事の過程で境界を越えることがなくても、この適用除外が適用されると全会一致で判断した。(Southwest Airlines Co. v. Saxon, No. 21-309)
• 代表的な請求の仲裁: カリフォルニア州法は、従業員がカリフォルニア州労働法違反のため、州を代表して雇用主を訴え、損害を受けた全従業員の民事賠償金を回収することを認めている。しかし、最高裁は8対1で、雇用主は各従業員との間で、他の従業員を害する違反ではなく、その従業員に害を与える違反のみを仲裁することに合意することができるとし、代表請求の契約上の放棄に関しては、連邦法がカリフォルニア州法を優先させるとの判断を示した。(Viking River Cruises, Inc. v. Moriana, No. 20-1573)
• 連邦裁判所における強制執行: 連邦仲裁法は当事者が連邦裁判所で仲裁判断を取り消しまたは確認することを認めているが、最高裁は8対1で、多くの場合において連邦裁判所はこの目的のために利用できず、当事者は、たとえ当事者間の根本的な紛争が連邦法の問題を含んでいたとしても、代わりに州裁判所での訴訟を提起するに制限されるとの判断を下した。連邦裁判所を利用できるのは、裁定の執行または異議申し立ての要求自体が、連邦裁判の通常の要件を満たす場合のみである。例えば、当事者が異なる州の出身で、裁定の金額が75,000ドルを超える場合などである。(Badgerow v. Walters, No. 20-1143)
IV. 連邦政府のヘルスケアプログラムに関する経済的に重要な判断
メディケアとメディケイドは、それぞれ高齢者と経済的に恵まれない人々を対象とした制度で、アメリカ人の36%に医療保障を提供し、国民医療費の40%近くを占めているものだ。この制度は、最高裁が注目するような難しい法律問題を多く生み出している。両制度の経済的重要性、特にヘルスケア産業に携わる企業にとっては、極めて専門的な法律問題であっても、非常に大きな影響を及ぼす可能性がある。
• 病院への薬剤費償還:メディケア・パートDとして知られる2003年のメディケア処方薬給付の元では、保健福祉省は、ある年のコスト調査を行わない限り(事実上行わない)、すべての病院の薬剤費の払い戻しに同じレートを使用しなければならない。しかし、2018年と2019年にHHSは、低所得者や農村部の人々にサービスを提供する病院には、他の病院よりも低いレートで償還すると発表し、これらの病院には16億ドルの費用がかかることになった。最高裁は全会一致で、同省が法律の下での権限を超えたとの判断を下した。この判決により、対象となる病院には多額の追加収入がもたらされると思われるが、連邦政府の予算には負担がかかる。注目すべきは、最高裁はこの法律を狭義に読んだものの、多くの企業がこのケースで主張していたような、当局の命令解釈を尊重するいわゆる「Chevron 法理」を覆すことはしなかったことである。(American Hospital Association v. Becerra, No. 20-1114)
• 割増支払い:低所得者の割合が高い病院は、メディケアとメディケイドから「病院への割増支払い(Disproportionate Share Hospitals Payment)」を受け取る。この支払いは、メディケアの法令によって定められた計算式に基づいて算出されるが、ある裁判官はこの計算式を「気が遠くなるほど複雑」と評した。2004年、HHSはこの計算式の重要な文言を再解釈し、支払額を減額した。最高裁は5対4の激論で、HHSの新解釈が正しいと判断した。この結果によって、低所得者層にサービスを提供する病院への資金援助は減少することになりそうだ。(Becerra v. Empire Health Foundation, No. 20-1312)
• COVID-19ワクチン接種義務:最高裁は、メディケアまたはメディケイドの資金援助を受ける医療機関に、従業員のCOVID-19ワクチン接種を義務付けるバイデン政権の規則を発効させた。最高裁は、HHSはそのような医療提供者から医療を受ける患者の健康と安全を守るための広範な法的権限を有していると結論づけた。(Biden v. Missouri, No. 21A240)
• 医療提供者による障害差別:2010年にオバマ大統領が署名したアフォーダブルケア法(Affordable Care Act)を含む2つの連邦法は、メディケアまたはメディケイドの資金提供を受けている医療機関に対して、障害を理由とする差別を理由に個々人が訴えを提起することを認めている。最高裁は、このような訴訟において、原告が精神的苦痛に対する非経済的損害を回復することができないかもしれないと6対3で判示した。多くの場合このような訴訟では金銭的損害賠償がほとんどないため、この判決は、懲罰的損害賠償を禁じた先の判決と合わせて、これら請求に対する訴訟件数と現実的な和解額の幅を縮小することが期待されている。(Cummings v. Premier Rehab Keller, P.L.L.C., No. 20-219)
V. 確定拠出型年金制度を提供する企業にとっての新たなリスク
米国の雇用主が提供する退職金制度や医療給付は、1974年に制定された連邦法「従業員退職所得保障法(Employee Retirement Income Security Act)」によって規定されている。このような制度が米国企業で広く採用されていることを考慮すれば、最高裁がERISAの様々な条項に基づく問題を提起する数多くの裁判に直面していることは当然のことであり、今期もその一つが取り上げられた。
• 確定拠出年金制度:多くの企業は、従業員に様々な投資オプションを含む確定拠出型退職年金制度を提供している。最高裁は、これらの選択肢の一部が明らかに合理的なものであっても、プランに不合理な投資オプション(例えば、過剰な手数料のかかる投資)が含まれている場合、会社はプランの不適切な管理に対してERISA法に基づく責任を負う可能性があると全会一致で判示した。(Hughes v. Northwestern University, No. 19-1401)
VI. 知的財産権に関しての閑散期
今年は、最高裁の訴訟記録の中でも重要な分野である知的財産権に関して、異例なほど静かな年であった。いくつかの重要な特許問題、特にどのような種類の発明が特許を取得できるかという問題に関して、米国の裁判所の間でかなりの混乱があったにもかかわらず、今年、最高裁は特許訴訟を一切取り扱わなかった。しかし、芸術家、作家、その他のクリエイターが著作権保護を確保しやすくなるような、著作権に関する裁判に関して最高裁は判決を下した。
• 著作権登録: コンテンツ制作者は、しばしば弁護士を通さずに米国著作権局に著作権登録の申請書を提出する。特別なセーフハーバー規定のもと、著作権登録の際に誤りがあったことが後で判明した場合でも、申請者がその誤りを知らない限り、著作権は有効である。最高裁は、著作物に関する事実上の誤りではなく、著作権法に関する誤解を反映した誤りであっても、セーフハーバーが適用されると6対3で判断した。この判決により、弁護士の助言を受けずに著作権登録を行ったコンテンツ制作者は、一定の保護を受けることができるようになる。(Unicolors, Inc. v. H&M Hennes & Mauritz, L.P., No. 20-915)
VII. 注目すべき2つの技術的決定
最後に、最高裁は、特定の状況に直面している企業に関係する可能性のある2つの技術的な決定を下した。
• 破産費用: 2017年の連邦法では、連邦破産法第11条に該当する企業が政府に支払う四半期手数料の引き上げが課されたが、歴史的な理由により、同法はアラバマ州またはノースカロライナ州の破産手続きの当事者を免除していた。最高裁はこの法律は、破産法の「統一」という合衆国憲法の要件に違反し、恣意的な地域免除は認められないと全会一致で判断した。(Siegel v. Fitzgerald, No. 21-441)
• 外国政府機関に対する訴訟: 特定の状況において、連邦法は外国(一部の外国国営企業を含む)が享受する訴訟の免除を無効にする。このような場合に裁判所は、米国の州法と外国の法律のいずれが紛争に適用されるかを決定しなければならない。最高裁は、この問いに答えるために、このような場合裁判所は同様の訴訟に直面した私人に適用されるのと同じ法的分析を用いなければならないと全会一致で判示した。(Cassirer v. Thyssen-Bornemisza Collection Foundation, No. 20-1566)
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
この件につきましてのお問い合わせ先
マーケティング・ディレクター 外川智恵(とがわちえ)
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