お客様にとってもっとも関心のある知財や独禁法・金融・労使関係などの最新の話題をお届けします。
御社の法務・経営戦略にお役立てください。
-
TOPICS
名誉棄損:時流に乗る反SLAPP法
(24/10/25)
ソーシャルメディアの普及は、米国における名誉毀損訴訟の増加に拍車をかけている。これに関連して企業や個人を問わず、インターネットやその他の手段で虚偽の主張をする個人を適切に抑制するためにどのような制限を課すことができ、かつそれ以外のどのような手段を講じることができるかという問題が提起されている。クイン・エマニュエルは、著名な名誉毀損訴訟を原告側および被告側の双方で勝利に導いている。その一つの例として、テスラおよびスペースXのCEOであるイーロン・マスク氏の代理人として勝利を収めた訴訟がある。January 2020: Complete Victory in Defamation Jury Trial, Quinn Emanuel, https://www.quinnemanuel.com/the-firm/our-notable-victories/january-2020-complete-victory-in-defamation-jury-trial/。また、弊事務所は、名誉毀損訴訟における原告の損害賠償請求に関して被告が求めることができる証拠開示の範囲を明確にし、またいくつかの州裁判所において言論の自由についての重要な先例となる判決を獲得した。August 2019: QE Scores Another Defamation Win; Decision Clarifies Scope of Damages Discovery, Quinn Emanuel, https://www.quinnemanuel.com/the-firm/our-notable-victories/august-2019-qe-scores-another-defamation-win-decision-clarifies-scope-of-damages-discovery/;Victory 2018: Pro Bono Victory in Defamation Case Sets Important Free Speech Precedent, Quinn Emanuel, https://www.quinnemanuel.com/the-firm/our-notable-victories/victory-november-2018-pro-bono-victory-in-defamation-case-sets-important-free-speech-precedent/。
名誉毀損(defamation)とは、口頭(slander)によってであれ、書面(libel)によってであれ、言論を通じて人の社会的評価を傷つける行為であると一般的に理解されている。合衆国憲法修正第1条は名誉毀損についての請求に制限を課しているものの、この分野はその大部分が州法によって規制されている。したがって、名誉毀損についての請求に適用される具体的な法的基準は州ごとに異なるということになる。そこで本稿では、「不法行為についてのリステイトメント(第2版)」第558条(1977年)に規定されている名誉棄損の一般原則について、代表的な州法における事例を挙げながら検討する。なお、一部の州では一定の種類の名誉毀損を刑事罰の対象としているが、本稿では名誉毀損や類似の行為に関する刑事法については触れない。
近年、反SLAPP法は州の名誉毀損法の領域で存在感を増している。特定の状況の下では、反SLAPP法は、「市民の公共参加を封じ込めるための戦略的訴訟(SLAPP)」に直面する人々の盾として機能することがある。ここでSLAPP訴訟とは、「合衆国憲法修正第1条の権利を行使する人々や企業を威嚇するために、それを実際に提起し、あるいは提起すると脅すために利用される法的手続き」のことを言う。本稿では、今後ますます増えてゆく反SLAPP法が、名誉毀損訴訟を提起したり、あるいはそれについて防御したりする個人や企業に与える影響について考察する。そこでまず、名誉毀損とは何かについて論じることとする。
他人に関する虚偽の名誉毀損発言
名誉毀損を立証するための第一の要件は、その言論が意見ではなく事実を主張するものでなければならないということである。ある言論が意見であるかどうかは、使用されている言葉、その言論の直接的な文脈、更にはその言論がなされたより大きな文脈に照らして判断される。裁判所は通常、合理的な言論の受け手が、その言論は意見を表明されていると考えるかどうかによってこれを判断する。Croce v. New York Times, 930 F.3d 787, 793 (6th Cir. 2019) 参照。また意見であっても、事実を暗示するそれは、名誉毀損請求の対象となり得る。Milkovich v. Lorain Journal, 497 U.S. 1, 1 (1990) 参照。その一方で、「想像的表現」や「修辞的誇張表現」は名誉棄損を構成しない。同上20頁。
さらに、事実を暗示していると合理的に理解することができる言論のみが名誉毀損となりうる。「ある言葉が名誉毀損となるためには、その言葉は名誉を毀損していると理解されなければならない。・・・次に、その発言がなされた文脈が考慮されなければならない。・・・この文脈分析は、裁判所がコミュニケーションの性質と全内容、そしてその言論が対象として想定している受け手の知識と理解に目を向けることを要求する。」Seelig v. Infinity Broad. Corp., 97 Cal. App. 4th 798, 809 - 10 (2002) (判例集)。更に多少の誤差は許容されるものの、原告はその言論が実質的に虚偽のものであることを証明しなければならない。Phila. Newspapers v. Hepps, 475 U.S. 767, 769 (1986)。
最後に、その言論は、個人や企業など特定可能な実体に関するものでなければならない。 また状況によっては、特定の個人がその所属する集団に対する名誉棄損的言論によって生じた損害の賠償を請求することも可能である。不法行為についてのリステイトメント(第2版)564A条(1977年)参照。
特権によっては保護されない第三者への言論
公正報道特権、中立的報道特権、公正コメント特権などの特権は、州によっては名誉棄損の主張を妨げるものとなる。ここで、公正報道特権というのは、典型的には公的手続きや裁判文書に関する公正かつ正確な報道を保護するというものである。Howell v. Enterprise Publishing, 455 Mass. 641 (2010) 参照。また中立的な報道特権というのは、一般的に、「責任ある著名な組織が・・・公人に対して重大な告発を行った場合に・・・(そして)、その告発の正当性についての報道者の私的な見解にかかわらず、合衆国憲法修正第1条はその告発についての正確かつ利害関係のない報道を保護する」というものである。Khawar v. Globe Int'l, Inc., 19 Cal. 4th 254, 268 (1998) (emphases omitted), as modified (Dec. 22, 1998) (quotes Edwards v. National Audubon Society, Inc., 556 F.2d 113 (2d Cir. 1977))。最後に、公正コメント特権というのは、いくつかの州において「古くから認められている」法理であり、伝達された意見が真実に基づいている限り、メディアに公共の関心事についてコメントする権限を与えるというものである。Boley v. Atl. Monthly Grp., 950 F. Supp. 2d 249, 259 (D.D.C. 2013); Jankovic v. Int'l Crisis Grp., 593 F.3d 22, 29 (D.C. Cir. 2010) 参照。
言論を行った側の少なくとも過失に相当する落ち度
名誉毀損を主張する個人が公人か私人かによって、過失の内容は異なってくる。
マスメディアへのアクセスが容易で、社会秩序に影響力を持つ個人、すなわち公人の名誉を棄損する言論について適用される過失基準は、現実的悪意の基準すなわち故意または重過失である。Curtis Pub. Co. v. Butts, 388 U.S. 130, 165 (1967) 参照。故意または重過失は、その言論が行われた時点で、虚偽であることを知りながら、あるいは虚偽であることを重大な過失により見落としてこの言論がなされたことを要求するものであり、原告は、被告が言論の真実性について重大な疑念を抱いていたか、あるいは虚偽である可能性が高いことを高度に認識していたことを証明しなければならない。N.Y. Times v. Sullivan, 376 U.S. 254, 280 (1964) 参照。限定された目的の下のみでの公人、例えば陰謀論争の最前線にいる個人もまた、この基準の対象となる。Hatfill v. N.Y. Times, 532 F.3d 312, 324 (4th Cir. 2008)(ある研究者を「自発的に特別に目立つ役割を引き受けた」という理由によって、限定された目的の下のみでの公人であると認定した)(引用は省略)参照。公人という呼称が人生のあらゆる局面で適用される本来の意味での公人とは対照的に、限定された目的の下のみでの公人は特定の論争においてのみ公人とみなされる。そのため、限定された目的の下のみでの公人に対しては、上述の現実的悪意の基準は、同人が公人とみなされる分野や話題に関する発言についてのみ適用される。同上参照。
公的な問題に巻き込まれた私人については、独自の責任基準をそれぞれの州が定めており、その中には一般的な過失を基準とするものや上述の現実的悪意を基準とするものも含まれている。Gertz v. Robert Welch, 418 U.S. 323, 347 (1974)。そして、公人ではない私的な人物の私的な問題についての言論に対しては、ほとんどの州は一般的な過失の基準を適用し、それについての言論を行った者が合理的な注意を払わなかった場合に責任が認められる。
その言論によって引き起こされた特別な損害が発生したことは求められない
損害は、特に収入の損失や雇用の損失という形をとることが多い。州によって基準は異なるが、多くの州では、言論がそれ自体で名誉毀損であると認定された場合には、特別な損害の証明や他の主張がなくても損害が推定される。Jacobus v. Trump, 51 N.Y.S.3d 330, 335 (Sup. Ct.), aff’d, 64 N.Y.S.3d 889 (2017) 参照。言論それ自体が名誉毀損となるためには、多くの州では、言論がその言葉の表面だけで、つまり言論の名誉毀損性を説明する外在的証拠無しに、原告の名誉を毀損していることが要求されている。Cal. Civ. Code §45a; Fashion 21 v. Coal. for Humane Immigrant Rights 12 Cal. Rptr. 3d 493 (Ct. App. 2004)(例えば、原告が犯罪を犯しているという主張は、その言葉の表面だけで名誉毀損となる)参照。
以上を要約すると、原告は一般的に、被告に過失があること、その言論に適用される特権が存在していないことに加えて、特定可能な個人に関しての虚偽の事実についての言論を行ったことを主張しなければならず、かつそれは個人の評判を傷つけ、損害を発生させるものでなければならないということになる。
反SLAPP法
名誉棄損についての訴訟を起こすことを考えている人は、州の反SLAPP法も考慮すべきである。反SLAPP法は、「市民の公共参加を封じ込めるための戦略的訴訟(SLAPP)」に対する救済策を提供するものである。SLAPPというのは、「合衆国憲法修正第1条の権利を行使する人々や企業を威嚇するために、裁判所や訴訟の脅威を利用しようとする個人や企業によって起こされる訴訟」である。反SLAPP法は、例えば、問題となっている言論が公共の関心事であったり、原告が勝訴する可能性が低い場合、被告が名誉毀損訴訟を迅速に却下させることを可能にする。このように、反SLAPP法は、報復的な言論に基づく請求に直面する人々にとって強力な手段であるため、名誉棄損の請求を行う可能性のある個人や企業は、その請求が反SLAPP法の下で要求される精査に耐えられるかどうかを慎重に検討すべきである。
反SLAPP法はますます広まりつつある。2024年7月17日、ペンシルベニア州は、「保護された公的表現」に基づく請求に対する民事責任を広く免除する新しい反SLAPP法を可決した。Pennsylvania Protects Press Freedom, Passes Anti-SLAPP Statute, JDSupra (July 18, 2024), https://www.jdsupra.com/legalnews/pennsylvania-protects-press-freedom-5260163。一方、オハイオ州下院は2024年6月下旬、同州上院での同法案の可決を受けて、反SLAPP法案を提出した。Ohio bill would allow courts to throw out frivolous SLAPP suits, The Lima News (July 16, 2024), https://www.limaohio.com/news/2024/07/16/ohio-bill-would-allow-courts-to-throw-out-frivolous-slapp-suits。オハイオ州の法案は、最近可決されたペンシルベニア州のそれと同様に、超党派の幅広い支持を得ている。各州が反SLAPP法を検討し、可決し、または既存のそれを強化し続けているため、名誉毀損の訴訟を提起することを検討している個人や団体は、反SLAPP法の対象とならないことを確認するために、その請求を徹底的に再評価する必要があるかもしれない。
この記事が書かれた時点で、反SLAPP法という保護措置をすでに制定している33の州およびコロンビア特別区に加えて、ペンシルバニア州が新たにそれに加わった。反SLAPP法の内容や範囲は州によってそれぞれ異なるが、名誉棄損訴訟を提起することを検討している者は、訴訟費用の転嫁規定、SLAPP-back訴訟と呼ばれる反訴の可能性など、根拠の薄弱な名誉毀損請求を抑止しようとする反SLAPP法に共通する規定に注意すべきである。このような各州の反SLAPP法の多彩な内容についていくつかの例を挙げると、イリノイ州では政府の行為に関連する案件から個人を保護し、ニューメキシコ州では「公聴会や公的会合に関連して行われた行為や言論」に関連する発言を保護している。Dan Greenberg, David Kaating, & Helen Knowles-Gardner, Anti-SLAPP Statutes: 2023 Report Card, Institute for Free Speech (Nov. 2, 2023), https://www.ifs.org/anti-slapp-report/#Ratings-and-Grades。州の反SLAPP法はまた、SLAPP請求の提起時に他の手続きが一時停止されるかどうか、SLAPP請求の却下のタイミング、訴訟中に立証責任が申立人と被申立人の間で転移するかといった点に関連する多様な制度を有している。実体的な名誉棄損法と同様に、反SLAPP法においても州法間の相違がそれぞれに特徴的な裁判例を生み出しているため、適用される州法には特別に注意を払う必要がある。
いくつかの州では、反SLAPPの申し立てが認められた場合、被告は原告から訴訟費用と弁護士費用を回収することができる。例えば、カリフォルニア州やテネシー州ではその趣旨の明確な規定が存在するが、他の州の関連規定はより限定的なものである。ネブラスカ州では、裁判所がそれを認めるかどうかを決定するが、オクラホマ州では、「正義と衡平が必要とする」時にのみそれは認められる。また、コロンビア特別区は費用の転嫁についての推定規定のみを有している一方で、メリーランド州の反SLAPP法は、勝訴当事者に費用や手数料を転嫁することを全く認めていない。
弊事務所は、いくつもの反SLAPP訴訟を代理した経験を有している。例として弊事務所は、ある案件で裕福で強大な権力を有する外国の王子から訴えられた若い女性を代理した。この王子は、その若い女性がナイジェリアで10代のときに同人から性的虐待を受けたことをブログに書き、彼の名誉を傷つけたと主張した。しかし、弊事務所のチームは、反SLAPPの申し立てによりその訴訟における請求の大半を却下させ、相手方すなわち原告から弁護士費用を獲得し、性的虐待に対して声を上げる被害者の権利を保護する新たな裁判例を生み出した。そして、弊事務所とその女性による再度の反SLAPP申し立てに直面し、原告である王子はその訴訟の残された請求についても取り下げることに同意した。
名誉棄損訴訟を起こすことを考えている者はまた、SLAPP-back訴訟として知られる反訴や別件訴訟の可能性についても認識しておく必要がある。これはSLAPP訴訟の被告であった者がSLAPP訴訟という法的手段の濫用を理由に逆に損害賠償を求める訴訟を提起するというものである。そして、カリフォルニア州、デラウェア州、ハワイ州、ミネソタ州、ネバダ州、ニューヨーク州、ロードアイランド州、ユタ州など、多数の州法にこのような請求について規定する条項が存在するのである。Strategic Lawsuits Against Public Participation (SLAPPs) への対応、Digital Media Law Project、https://www.dmlp.org/legal-guide/responding-strategic-lawsuits-against-public-participation-slapps。
反SLAPP法の最終的な目的は、州裁判所に提起される根拠の薄弱な名誉毀損訴訟の数を減少させることにある。反SLAPP法は、報復的な言論に基づく請求に直面している人々にとっては有効な手段かもしれない。しかしその一方で名誉毀損訴訟を起こすことを考えている個人や団体は、そのような訴訟を機械的に起こす前に、その請求がこの法律の下で要求される精査に耐えられるかどうかを検討すべきである。Anti-SLAPP Legal Guide, Reporters Committee for Freedom of the Press, https://www.rcfp.org/anti-slapp-legal-guide/(last visited on July 23, 2024)。