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欧州統一特許裁判所(UPC)に関する最新情報
(24/11/22)
2023年6月1日、数十年に及ぶ審議、挫折、再開を経て、統一特許裁判所(UPC)が開設された。UPCは特許訴訟の新たな場を提供し、欧州初の国家を超えた民事訴訟システムとなる。従来の欧州での特許訴訟では、それぞれの国で個別に訴訟を提起する必要があったからだ。
UPCは、すべての締約加盟国において直接的に拘束力を有し執行可能な判決を可能にした。これにより、欧州特許の執行と異議申立てについて、より効率的な方法が提供される。UPCは最近、本案に関する最初の判決を下し、運用開始から1年の間に、UPCに提起され係属中の事件数は予想を上回っている。2024年8月末、クイン・エマニュエルは、新しいUPC体制下での最初の事件の2つにおいて、クライアントのテスラのために重要な勝訴判決を獲得した。
I. UPCシステムについて
現在のところ、UPCシステムは、統一特許裁判所協定(UPCA)を批准した18のEU加盟国(ドイツ、フランス、イタリアを含む)をカバーしており、将来的にはそれ以上の国々の参加が期待されている。UPCは、「従来型」の欧州特許(各国の国内特許)および統一的効果を有する欧州特許(統一特許)に対する管轄権を有している。ドイツの二分化システム(特許侵害訴訟(地方裁判所)の被告は、それについての特許無効訴訟を連邦特許裁判所に別個に提起しなければならない)とは異なり、UPCでは特許の侵害と有効性の両方を同一の訴訟で審理し判断する。そして、UPC特許侵害訴訟の被告は、答弁書の一部を使って特許無効の反訴を提起することができる。
UPCの手続規則(RoP)は、訴状提出から1年以内に終局判決(最終的救済)に到達することを目指す厳格なスケジュールを定めている。それを容易にするため、関連するすべての事実、証拠、主張をできるだけ早く提出することが当事者に期待される前倒し型のシステムとなっている。答弁書(ステートメント・オブ・ディフェンス)は特許侵害訴訟の訴状の送達後3か月以内に提出する必要があり、特許の有効性を争う場合には、特許無効の反訴をそれに含める必要がある。UPCの枠組みでは、答弁書提出後の特許侵害に関する追加の書面提出は各当事者1回(リプライおよびリジョインダー)のみとなっている。
UPCシステムの特徴の一つは、特許権者としての原告が、特許無効の反訴に対する防御と共に特許の訂正請求を提出することができること、すなわち、UPCが特許のクレームが無効であると判断した場合に備えて、特許の訂正請求という予備的請求を提出できる権利を有することである。この訂正請求により、原告は訂正後の特許の侵害を主張するという選択肢も得ることになる。実務的には、これがUPC手続の最も重要な特徴となる可能性がある。というのも、EPOの特許異議申立手続においても見られるように、現実にはほとんどの特許が訂正された形で防御されることになるからだ。訂正された請求の侵害を直接主張できることは、効率性の大きな向上をもたらす。一方で、この特徴により、EPOの特許異議申立手続と比較して、予備的請求の数に関する特許権者の裁量は減少することになる。これは、特許侵害と特許の有効性の分析を同時に行う必要があるため、複雑性が大幅に増すためである。特許侵害についてのそれと同様に、特許無効の反訴に関する書面が4通、特許訂正請求に関する書面が4通提出されることになり、それ以上の書面提出は裁判所の裁量に委ねられる。そして、書面による手続の後、中間手続が行われ、そこでは通常は主任判事が当事者を交えて中間協議を行う。また、第一審における特許侵害および特許の有効性に関する最終口頭弁論は、提訴から1年以内に行われることになっている。
UPCシステムでは、「判決」と「命令」(仮差止命令を含む)を区別している。そしてそのいずれも締約加盟国で執行することが可能である。UPC制度の下では、これに加えて国内裁判所による執行宣言を得ることは不要とされている。但し、判決の執行のためには、UPC裁判所は判決書に特定の命令(「執行条項」)を付記しなければならない。さらに、被告に対する判決の執行には、原告が執行を求める命令の部分を裁判所に通知する必要がある。執行が求められる締約加盟国の公用語で判決書が書かれていない場合には、原告は執行される判決部分の認証された翻訳を裁判所に提出しなければならない。執行は、UPC裁判所の登録官が通知(および該当する場合は認証された翻訳)を被告に送達した後でなければ開始できない。執行手続は執行が行われる締約加盟国の法律に従うが、UPCAとRoPが優先適用されると一般的には考えられている。したがって、国内の執行に関する法規は、UPCAとRoPに規定がない範囲でのみ適用される。
UPCの第一審裁判所には3つの中央部、1つの地域部(北欧バルト地域部)、そして締約加盟国に広がる13の地方部がある。そして4つの地方部と1つの中央部がドイツに置かれている。第一審裁判所の判決に対して上訴することのできる控訴裁判所はルクセンブルクにある。そして2023年6月1日のUPC運用開始から2024年9月末までの間に、第一審裁判所は合計503件の事件を受理し、控訴裁判所は96件の控訴を受理している。
II. クイン・エマニュエルが担当したUPC事件
クイン・エマニュエルは現在、UPCに提起された最初期の事件を含む、多数のUPC事件においてクライアントを代理している。2023年6月1日—UPC運用開始の初日—にBroadcomは、当事務所のクライアントであるテスラに対して2件の特許侵害訴訟を提起した。マーカス・グロッシュとイェスコ・プロイスが率いるクイン・エマニュエルのチームは、第一審で両訴訟を棄却する判決を獲得し、ベルリンのギガファクトリーでの生産停止とドイツでの全般的な販売禁止を阻止した—これらはいずれもUPCが本案手続で下した最初の判決の一つとなった。
Broadcomは、欧州特許EP 1 612 910(「EP 910」)についてハンブルク地方部に、EP 1 838 002(「EP 002」)についてミュンヘン地方部に、それぞれ特許侵害訴訟を提起した。そしてBroadcomは、これらの訴訟で、テスラがドイツで自動車を製造・販売することによって両特許を直接的および間接的に侵害していると主張した。請求の内容には、恒久的差止命令、回収・破棄命令、会計報告および損害賠償が含まれていた。
EP 910は、並列で電力を供給される2つの電気装置の電力管理のためのハードウェア(集積回路)に関するものである。Broadcomはテスラの車両のボードコンピューターにある「インフォテインメントプロセッサー」がEP 910を侵害していると主張した。この事件では、EP 910について主張されているクレームの範囲が比較的広いことを考慮すると、同一手続で(非)有効性の評価を行うことが重要であった。クイン・エマニュエルは、EP 910のクレームの請求対象を先取りする強力な先行技術文献を特定することができた。その一方でBroadcomは特許無効の反訴に対する防御の一環として、特許訂正の申請が行えるということを利用した。2024年5月6日にビデオで中間協議が行われ、そこでは様々な法的問題が議論され、主任判事の予備的見解が当事者と共有された。口頭弁論は2024年6月19日にハンブルク地方部で行われた。そして2024年8月26日、地方部はBroadcomの特許侵害訴訟を棄却する判決を下した。裁判所は登録時の特許は無効としたが、Broadcomの予備的請求の一つに従って訂正された形で特許を維持した。その上で、地方部は訂正されたEP 910は侵害されていないと判断したのである。
EP 002は、複合信号を使用して2つの異なるモードで送信データを送信する能力を持つRF送信機に関するものだ。第一のモードは非常に基本的なものである一方で、第二のモードは正規化、オフセット情報、送信特性情報を含むより高度なものである。そしてBroadcomはテスラの車両の車内レーダーがEP 002を侵害していると主張した。係争対象のレーダーチップのサプライヤーの技術エンジニアと協議の上、クイン・エマニュエルは、EP 002に基づくRF送信機技術と係争対象のレーダー技術を区別する非常に強力な特許非侵害の主張を展開した。この主張を裏付けるため、サプライヤーのレーダー技術専門家による陳述書が答弁書と再抗弁書と共に提出された。さらに、EP 002の有効性は特許無効の反訴で争われ、それには特許が侵害と無効の両方を同時に満たすことができないことを示す「スクイーズ論」と呼ばれる複数の主張が含まれていた。2024年4月19日にビデオで行われた裁判長(主任判事も兼任)との中間協議では、主にBroadcomが特許訂正の請求を正しい形式で期限内に提出したかどうかなどの手続的な側面が議論された。2024年6月25日の口頭弁論では、地方部は1日前に当事者に提供された議事次第(クレーム解釈とひとつの先行技術文献に焦点を当てたもの)に厳密に従った。2024年8月30日、地方部はテスラがすべての点で勝訴する判決を言い渡した:特許侵害訴訟は棄却され、EP 002は完全に無効となり、EP 002の訂正請求も却下された。そしてBroadcomは訴訟費用のすべてを負担することになった。その判決理由において、地方部はほぼすべての点でクイン・エマニュエルのクレーム解釈に関する主張を認容し、請求対象は先行技術により先取りされていると判断した。但し、特許が無効とされたことから、地方部は侵害の問題については判断を示さなかった。
III. 所見
これらの2件は新しいUPC体制下で行われた最初期の手続の一つである。テスラの勝訴は、当事務所がUPCにおいてクライアントを成功裏に代理する能力があることを示している。そして提訴から判決まで第一審手続を経験したことで、以下のような所見が得ることができた:
UPCの枠組みは提出についての非常に厳格な制度を定めている。第一審での本案に関する最終口頭審理が提訴から1年以内に行われることを目指しているため、裁判官は期限延長に消極的である。事実、証拠および主張は、時機に遅れたものとして却下されることを避けるためにできるだけ早期に提示する必要があることから、案件についてのすべての関連事実(イ号製品、先行技術、不均衡性の考慮、回避設計、執行の確保)に早期に取り組むことが重要である。RoPが明示的に定める枠組み外で申立てや準備書面を提出することは、却下されUPCによって考慮されないリスクを伴う。
電子裁判所提出システム(CMS)は、当事者と裁判官の双方に多くの問題を引き起こしている。CMSは当初よりも円滑に運営されているものの、書面や申立ての正しい提出に関して依然として不確実性の源となっている。提出書類が却下されることを防ぐために、CMSが提供する適切な専用の「ワークフロー」を常に使用することが重要である。地方部は、これまでのところCMSの不備に対して比較的寛容な姿勢を示してきたが、この対応が今後も続くという保証はない。なお長期的には、現行のシステムはUPCとEPOが共同で開発する新しいCMSに置き換えられる予定である。
UPCは当事者の機密情報を保護するための複数の措置を提供している。例えば、テスラのUPC訴訟では、イ号製品であるチップの設計やその他の営業秘密に関する情報を保護するために機密保持の申立てが行われた。私たちの経験では、これらの申請はUPCにおいて効率的に処理されている。
UPCは文書提出に関する規則も設けており、テスラの訴訟ではBroadcomの原告適格に関する文書をこれによって取得することができた。これは未だ米国の訴訟におけるディスカバリーとは大きく異なるが、RoPの関連規則により、当事者の主張を裏付ける文書へのアクセスを得るための直接的なアプローチが可能となっている。