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米国最高裁判所のSAS判決に照らした米国特許商標庁における当事者系レビュー
(IPR: Inter Partes Review)手続に関する戦略的考察 (18/09/18)
2018年4月28日に、SAS Institute, Inc. 対 Iancu事件に関する最高裁判所の判断が示された。Oil States Energy Services, LLC 対Greene’s Energy Group, LLC 事件の最高裁判決ほどではないが、SAS判決の内容は、特許庁審判部の審理が進行する前に当事者系レビューを行う方法に関して大きな示唆に富んでいるといえよう。
SAS判決が出る前は、当事者系レビューの申請人は、個々のクレームの強さにかかわらず、連邦地裁で主張された全てのクレームの特許性について対処していた。特許庁審判部が、申請の全ての根拠・理由について評価し、特許法314条に基づき、申請で争われたクレームのうち少なくとも一つについて、申請を認容できる合理的な蓋然性があるかどうかについて決定していた。この評価は、一般的にクレーム又は根拠ごとに実施されており、特許庁審判部では、特定のクレームについてのみ審理開始を決定し、その他については審理開始を拒否するという運用をよく行っていた。
この「部分的な審理開始」の実務が今回のSAS判決の焦点である。本件において、SAS社は、ComplementSoft社のソフトウェアの特許関する16個の特許性クレーム全てについて争った。特許庁審判部は9個のクレームについて当事者系レビューを開始することを決定し、残りの7個のクレームについては審理の開始を否定した。そして、最終的に、レビューした9個のクレームのうち8個の特許性については無効と判断した。これに対して、SAS社は、特許庁審判部がクレームのレビューを開始する際は全てのクレームの特許性について判断するべきであることを根拠に控訴した。
特許法318条の文言を素直にみると、そこでは特許庁審判部は「申請で争われた全てのクレームの特許性に関して最終的な書面による決定を下さなければならない」と規定されているため、裁判所は、特許庁審判部にはIPR手続において申し立てられた特定の一部のクレームについてのみ審理を開始することにつき裁量はないと判断した。裁判所は、特許庁審判部が当事者系レビューを開始するか否かについて裁量を有していることは認めたが、申請されたどのクレームについて審理を開始するかどうかについて法令は特許庁審判部に対して裁量を与えていないと判断した。結果として、特許庁審判部は、どれか一つのクレームについて審理開始の決定をしたときは、たとえ他の残りのクレームに関する根拠が薄弱であったとしても、申請で指摘された全てのクレームに関して審理を開始しなければならなくなった。
したがって、最終的な書面による決定は、申請書で指摘された全てのクレームに対して出されなければならない(特許法318条(a)に基づき)。これにより、申請書で指摘された特定のクレームについて無効ではないという判断がなされる可能性が高まり、また、特許法315条(e)に規定される禁反言条項の適用可能性を契機づけることにもなる。2012年9月から2018年5月までは、審理が開始された申請のうち、65%はレビューされた全てのクレームの特許性が否定され、16%は特定のあるクレームのみの特許性が否定されていた。このパーセンテージは、特定のクレームのみの特許性が否定される件数の数字が増える形で変化していく可能性は高い。
IPR手続を通じて特許の有効性を争うことを望む当事者は、申請書に含めるべきクレームについてより一層注意を払わなければならなくなった。以前は、特許庁審判部が特許性を否定できそうもないクレームについて部分的審理の手法を用いることによって審理開始を拒否することができたため(それゆえこれらのクレームに関する最終的な書面による判断は差し控えることになる)、当事者は特許庁審判部のゲートキーパーとしての役割に期待できたが、申請人は審理開始前に自らの申請において主張の弱いクレームを除去するという観点から特許庁審判部を頼ることはできない。申請当事者は当初の審理開始決定後にクレームを取り下げることができると裁判所は考えるかもしれないが、実際にそれを行うのは難しいかもしれない。
特許の有効性は、連邦地裁及び特許庁審判部においてよく争いとなる。連邦地裁における手続では特許有効性に関するあらゆる議論が許されるが、IPRでは新規性と自明性に基づく主張ができるにとどまる。その結果として、特許法101条又は112条に基づき特許の有効性を争う主張は、連邦地裁になされなければならない。特許庁審判部と連邦地裁では異なるルールが採用されているが、特許庁審判部の決定は潜在的に連邦地裁の手続に影響を与えうる。例えば、クレーム解釈に関する特許庁審判部の判断は、連邦地裁のクレーム解釈に影響を与える可能性があるし、特許庁審判部による最終的な書面決定の発行は、特許庁審判部で取り上げられた又は合理的に取り上げられる可能性のあった特許無効理由について禁反言の効果を及ぼすことになる(特許法315条(e)(2)参照)。
特許法112条2項に基づく不明瞭性の主張は、特許庁審判部におけるIPR手続で取り扱うことのできない特許無効に関する議論の一つである。同条項は、特許の特定において、「申請人が自らの発明と考える対象物について特徴的だと考える一つ以上のクレームを含む」ことを要求する。Nautilus, Inc. 対 Biosig Instrum., Inc.,事件によると、この要件は「特許性のクレームが、明細書及び審理経過に照らして、合理的な明確性をもって発明の技術的範囲を伝える」ときに満たされる。不明瞭性の主張は特許法102条又は103条を根拠とするものではないため、特許庁審判部はIPR手続において特許が不明瞭であるとして無効と判断するための法令上の権限を欠いている。過去においては、特許庁審判部は自らが解釈できないクレームについてはよく審理の開始を拒否していたが、そのような運用は今では最高裁のSAS判決と衝突することになる。
したがって、IPR申請において、申請人が不明瞭であると信じるクレームについて特許庁審判部がどのように取り扱うべきかについては、特に全ての申請対象クレームに将来的な不明瞭性に関する論点が含まれているわけではない場合に、疑問が残ることになる。
不明瞭の議論でよく取り上げられるのは、”means-plus-function”のフォーマットで記載された特許クレームである。特許法112条6項によると、特許クレームは特定の機能を実行する手段やステップで表現することが許容されている。”means-plus-function”のフォーマットを用いてクレームを詳述する場合は、特許を特定するために、対応する構造について明白に開示しなければならず、そして、その構造とクレームで詳述された機能の実現とがリンクしていなければならない。もしこの特定において、記述された機能を実現するための構造を十分に定義付けできなかった場合には、クレームは不明瞭であるとして無効となる。IPRにおいてmeans-plus-functionクレームについて争う場合は、申請人は特許によって特定された構造について明らかにすることが要求される。対応する構造を明らかにすることに失敗すると、申立てが否決されることになる。
不明瞭性を理由に無効である可能性の高い特許クレームへの異議申立てに対するSAS判決後の特許庁審判部の決定は、連邦地裁において不明瞭性に関する議論をしていくにあたって有害となるかもしれない。申請書で指摘された特許構造に沿っていないクレームに対して特許庁審判部がどのように対処するのかは、厳密には分からない。それは言語が人々に特許の通常の技術範囲を合理的に伝えていなかったり、または開示された認識可能な構造に欠ける手段を述べているからである。特許庁審判部が、法令によって、審理開始されたいかなるクレームに対しても書面による最終決定を出すことを義務付けられているため、特許庁審判部は、特許法102条及び103条に基づき特許の有効性に関する決定を出すために、何らかの手段や構造をクレームに結び付けることを強いられる可能性がある。
あるいは、特許庁審判部は、不明瞭性に関する議論を避けるため、とりわけ「広範な合理的な解釈」の基準を用いることにより、クレームの限界について特許法112条6項の適用はないと判断するかもしれない。いずれのアプローチであっても、連邦地裁においてクレームはmeans-plus-functionとして解釈されるべきだと主張することはより難しくなる(それゆえ開示された構造が欠けることを理由に不明瞭と判断されることになる)。結果として、IPR申請において不明瞭性が一番効果的な主張であるクレームを含めることは、潜在的な敗訴リスクを高めることになる。
IPRの審理開始に関する変更や、不明瞭性のクレームに対するIPRの決定がもつ悪影響の可能性は、クレームの選択や管轄の決定に関して戦略的な示唆に富んでいる。これは一般的に受け入れられている訴訟戦略であるが、IPRにおいて審理が開始された全てのクレームに対して書面による最終決定を出すという特許庁審判部における必要性は、特にクレームに対して特許法112条に基づき連邦地裁で潜在的な異議申立てがあった場合に、将来この戦略を複雑なものにする可能性がある。このことは、特許庁審判部が「広範な合理的な解釈」というクレーム解釈に関する分析を放棄した場合に特に起こりうる。
IPR申請の申立てを準備する人は、当初の段階でそれぞれの主張の強さに関して注意深く検討しなければならない。連邦地裁で争点となりうる将来的な不明瞭性の抗弁よりも特許法102条及び103条を根拠とする主張の強さに気を配る必要がある。申請人はかつては特許庁審判部を不明瞭性の抗弁がより適合するクレームの審理開始を拒否するゲートキーパーとして頼りにしてきたかもしれないが、SAS事件における最高裁判所の判決は、究極的にそのような信頼を過去のものにすることになる。
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン
外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
この件につきましてのお問い合わせ先
マーケティング・ディレクター 外川智恵(とがわちえ)
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