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EU訴訟アップデート (18/10/18)
欧州委員会の決定に対する司法審査は改良されたか?
近年における欧州委員会のEU競争法102条違反決定に対する異議申立てにおいて成功する可能性は、とりわけ2007年のEU普通裁判所のMicrosoft 対 Commission事件判決以来、かなり低いものであった。EU合併規制又はEU競争法101条に関する決定に対する上訴の司法記録との違いは顕著である。
この現象の原因は、マイクロソフト社の案件に見出すことができる。そこでは、裁判所は、「複雑な経済的な評価」が伴う場合には、司法審査は単に「手続や指摘された理由に関する関連法規が遵守されているか、事実が正確に述べられているか、そして評価の明白な誤り又は権力の濫用があるか否か」に限られるとした。そのうえで裁判所は、欧州委員会の決定が「複雑な技術的な評価に基づいている場合は、その評価は裁判所による限定的な審査の対象となるに過ぎない」と示した。その結果裁判所は、欧州委員会の事実評価に代えて、自らの事実評価を用いることはできなかった。
「複雑な経済的な評価」が伴う事項と認定された場合、それに関する欧州委員会の判断が尊重されるため、欧州委員会のEU競争法102条に関する決定に対する司法審査が成功する見込みは限定される。これによって、調査を受けている会社は、たとえ当該案件で自らを防御できる強い根拠があったとしても、欧州委員会との間でEU競争法9条のコミットメントについて同意することで案件を終了させるインセンティブを持つことにつながる。
最近の判例法の発展と裁判所からの示唆によって、現在においては、上訴審段階での司法審査の強さに対する信頼欠如を理由として案件をいち早く終了させるインセンティブが変化するような、欧州委員会の侵害決定に対する司法審査がより強力になる見込みはあるだろうか。
2011年9月に、欧州人権裁判所はMenariniケースで判決を出した。そこで裁判所は、競争法の制裁は過酷であるから、刑法の下で課される制裁に等しいと判断された。行政機関は罰金を課すことができるが、その決定は完全な管轄を有する独立した公平な裁判所において異議申立てを行うことができなくてはならない。特定のケースにおいて、欧州人権裁判所は、上訴審は単純に適法性を検討するだけに限定されず、行政機関が適切な権力行使をしたか、その決定がきちんと裏付けされていて均衡を保っているか否かについて評価しなければならず、さらには行政機関による技術的な判断についてもチェックしなければならないと判示している。
Menariniケースは、KMEやChalkorのようなケースにおけるEU裁判所から信頼を得ている。これらのケースで、裁判所は、Menariniの原理は尊重されるべきこと、及び欧州委員会の決定は前提となる完全な管轄を有する裁判所によって審査されるべきであることを確認するために、競争法において要求される司法審査の強さや程度について検討した。裁判所は、複雑な経済的な評価に関して欧州委員会に一定の裁量があることは認めたが、そうであるからといって、経済的な性質を有する情報の欧州委員会の解釈についてEU裁判所が審査することを控えなければならないというわけではない。むしろ、EU裁判所は、採用された証拠が事実に照らして正確であるか、信頼できるものであるか、一貫性があるか否か判断する必要があるし、それと同様に、その証拠が複雑な状況を評価するために考慮されるべき全ての情報を含んでいるかどうか、また導かれる結論を裏付けることができるか否かについても判断しなければならない。さらには、「そのような審査を実行するにあたって、裁判所は欧州委員会の裁量判断(ガイドラインで言及された基準の適用において考慮する要素の選択又はそれらの要素の評価のいずれかに関して)を自らの法律と事実の詳細な審査を放棄するための根拠とすることはできない。」
KMEやChalkorのケースにおいて設定された、より高い水準での司法審査を実行することは、これまで支持されており、欧州司法裁判所におけるGalp, Mastercard及びIntelの件を含むその後の判決においてさらに発展してきた。最近のIntel事件判決では、欧州司法裁判所は、欧州委員会の判断の妥当性を評価するために、事実的及び経済的な証拠を含め、「普通裁判所は申立人の全ての主張について検討しなければならない」と判示した。
この新たな判例法は、例えばKone, Schindler及びMastercardのような他の競争法に関する申立てに大きなインパクトを与えた。普通裁判所の副所長であるファンデルウンデ裁判官は、「Mastercard事件判決以後は、普通裁判所が複雑な経済的事項に関して欧州委員会に裁量があると指摘した他の判決を私は知らない」と述べた。
結論として、基本的人権に関する章のEU法への編入は、EU裁判所における司法審査の質や強さに対して実質的なインパクトをもたらした。複雑な経済的評価に関する事項という点に合理性のあった欧州委員会決定に対する以前の尊重は、最近は低下してきているようである。今後これがどの程度まで低下するかは不明確であるが、事実に関する詳細な検討と提出された全ての証拠の評価を要求した最近の判例法に照らせば、経済的な性質の有無にかかわらず、現在においては、全ての競争法に関する案件、特に102条が絡む案件の欧州委員会の決定に対する上訴に関して、より徹底した詳細な司法審査を確保できる可能性はより大きくなっているだろう。EU競争法102条を主要な争点とする数多くの上訴案件が裁判所に係属していることから、上記の議論が今度どのように進展していくかについて成り行きを見守っていく必要がある。
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン
外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
この件につきましてのお問い合わせ先
マーケティング・ディレクター 外川智恵(とがわちえ)
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