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英国におけるクラスアクションアップデート (19/05/16)
2018年4月16日、イギリスの控訴裁判所は、Walter Hugh Merricks v. MasterCard Inc事件において画期的な判決を下した。クイン・エマニュエルはMerricks氏(イギリス金融オンブズマンの前任の代表者)を代理した。これまでイギリスで提訴された中で最も大きな請求額である本件は、イギリスの裁判所に提起された初めての大衆消費者のクラスアクション訴訟でもある。控訴裁判所は、認可を拒絶した競争不服申立審判所(CAT)における第一審の判決を覆し、訴訟を進めるための道を開いた。それにあたって、控訴裁判所は、クラスアクションのルールの解釈及び適用を進めるためには、クラスアクションが個人ベースでは提訴することができないようなクレームの持込みを促進するという明確な立法者意思によって裏付けされるべきであるという明確なメッセージを示した。控訴裁判所は、CATの当初の認可ルールにおいて道が閉ざされていたイギリスのクラスアクション制度を復活させた。
背景
オプトアウト式のクラスアクションは、認可を受けた代表者にオプトイン式で訴訟を提起することを認めた前の制度が消費者クレームの促進において全く効果がないということが証明された後の2015年の遅くにイギリスに紹介された。クラス代表者にオプトイン式かオプトアウト式でクラスアクションを提起する選択権を認めた新しいクラスアクション制度は現在は独占禁止法に関するクレームに限定して適用されている。しかしながら、経験によって一度その外形が作られ、制度がその効果を証明すれば、他の種類のクレームをカバーする形で拡大していくことが期待される。そのため、クラスの認可基準の重要な要素を検討したMerricks判決は、将来にわたってイギリスにおけるクラスアクション訴訟を形づくることになるだろう。
Merricks氏のクレームの背景は、欧州経済領域内における多国間交換手数料(欧州経済領域内のある国で発行され、他の国で使われたマスターカードの使用を含む取引に関連して銀行間で課される手数料)の設定はEUの独占禁止法に抵触するという欧州委員会の2007年決定に基礎をおく。欧州委員会は追加で、量を定める試みはされていないものの、商人の銀行に課された交換手数料のいくらかは、消費者が対象となる商品またはサービスを購入するためにカードを使ったか現金を使用したかにかかわらず、価格の水増しという形で消費者に転嫁されている可能性が高いという点を考慮した。
2016年9月にMerricks氏はCATに訴訟を提起した。彼は1992年から2008年の間にマスターカードを承認したイギリスの商業から商品またはサービスを購入した16歳以上の全ての個人を代理したオプトアウト式の補償請求を行うクラス代表者に任命されることを求めた。このクラスは、違法な交換手数料を理由に160億ユーロの損害を被ったと彼が主張する4600万人の消費者を包含すると言われた。Merricks氏は累積損害額、換言すればクラスメンバーの個々人によって回復可能な損害額を評価せずに算出された金額の賠償を求めた。彼は、それぞれのメンバーが被った損害の個別の評価は、(i)それぞれのクラスメンバーによってなされた商品またはサービスの現実の購入の決定を要求すること、(ii)それらの購入の相手方である各商人が交換手数料を転嫁した範囲の査定を要求することから、事実上不可能であると主張した。彼は、メンバーがクラスにいた年について、全てのクラスメンバーに対する商品やサービスの配布を年換算した数字を利用することを提案した。
マスターカードは、(i)本件における累積損害額の賠償は、損害の補償的性質に調和しないこと、(ii)クラスの個人のメンバーに対する提案された分配のメカニズムも、個人が受け取る金額は彼らの実際の損失と合理的な関連性がないため損害の補償的性質に調和しないことから、CATは提起された集合訴訟の認可を拒絶するべきと主張した。
2017年の早くに、CATがクレーム審理を進めるための集合訴訟命令(CPO)を認めるべきか否かを決定するため3日間の口頭言論が開かれた。CATは2つの本質的な根拠に基づきクラスの認可を拒絶した。それは、(i)Merricks氏側の専門家は、コスト転嫁を含め損害評価に関する方法論的にはしっかりとした根拠を提供したが、現実にその転嫁の分析を実行するための十分な証拠の確立に失敗した、(ii)クラスの累積損害額の確立が不十分である、それぞれのクラスメンバーに対する補償を提供するような分配手法が存在することを示す必要があったが、Merricks氏はそれを提案していないし、することもできなかった、というものである。CATは認可を拒絶したが、さらにMerricks氏の回復手段はより制限された司法審査権に服すると述べ、その決定に対する上訴権がないとも判断した。
これを受け、Merricks氏は控訴の許可を求め控訴裁判所に上訴したが、まず初めにかかる上訴権が存在することを立証する必要があった。2018年11月に下された決定で、控訴裁判所はクイン・エマニュエルの主張を支持し、CATの判断は誤りであり、クラス認可の拒絶に対する上訴権は存在すると判断した。
Certificationの控訴
認可の拒絶に対する実体的な控訴は2019年2月に2日間かけて審理され、その後2019年4月16日にすぐに判決が下された。控訴裁判所は再びクイン・エマニュエルの主張を完全に受け入れ、CATは多くの法律の誤りを犯し、正しい立法者テストに関して誤った説示を与えたと判断した。満場一致の決定で、CATの判決は破棄され、控訴裁判所はCATが認可を拒絶したことは誤りであったと判断した。認可の前に解決される必要のある資金の問題が存在したため、ケースは再度口頭弁論のためにCATに差し戻された。しかし、それらの問題が解決されれば、認可は避けられない状況にある。
判決におけるキーポイント
・認可の段階でクラス代表者になろうとする者が満たさなければならないテストは、請求が確実に成功することを示すことではなく、請求が認容される現実的な可能性があることである。この点において、かかるテストは、開示の完成及び証拠提出の前になされる訴訟での勝訴可能性に関するその他の中間評価においてイギリス裁判所によって適用されるテストと何ら異ならない。
・どのようにイギリスの認可制度が運用されるかを検討するにあたっては、控訴裁判所はCATと同様に、カナダ当局の運用を基にしている。それはイギリスの制度がカナダにおける制度をモデルにしていることを考慮すると適切である。
・認可における口頭弁論は、本案に関するミニトライアルとは異なるものである。イギリス法の下では、認可の段階におけるCATの機能は、クラス代表者によって提案された方法がクラス全体の損失を立証可能であるか、その現実的な蓋然性を提供すること、その方法の運用を可能にする十分なデータがトライアルで利用できれば満たされることになる。ミニトライアルを実行し、Merricks氏側の専門家を反対尋問するにあたって、CATは行き過ぎた。
・累積損害は集合訴訟制度によって導入された新しいタイプの損害である。その点において、伝統的なコモンローの考え方がこの新しいタイプの損害を受け入れるために必要となる。
・全体のクラスに対する累積レベルにおいて損害が補償可能である限り、損害はクラスメンバーの各個人に対して補償可能であることは要求されない。控訴裁判所はクラスメンバーの個人レベルでの損害評価が可能であればそれは好ましいとしたが、それは法律制度によって義務付けられるものではないし、個人レベルでの損害の補償可能性の立証に失敗したことはクラスの認可を拒絶する理由にはならない、と指摘した。
・損害をどのように分配するかの問題はトライアル裁判官が手続の最終段階で決定するべきことで、CATが認可の段階で考慮すべき事項ではない。控訴裁判所はまた、分配は被告にとっての問題ではないと指摘した。
・制定法は明らかに認可を継続的な手続と把握しており、そこではCPOはいつでも変更または取り消される可能性がある。
この中でも潜在的にとても重要なのは、交換手数料の課題請求が一般的に消費者に転嫁されているか、そしてそれはどの程度の価格であるかという問題は、全ての個人のクレームに共通する問題である、という控訴裁判所の判断である。イギリスのオプトアウト式のクラスアクション制度は、必ずしも全ての点において同一というわけではないクレームをクラスアクションに含めることを可能にするために、クラスにサブクラスを含めることを許可しており、Merricks氏の紛争の実質はこの問題点に関係しているように思われる。
コメント
この判決は、イギリス裁判所はクラスアクションに対して寛容的であり、この新しい制度を導入するという英国議会の目標を実現することを確実にしようとしているという明確なメッセージを送っている。CATによって設定された、新しい制度を抑制するおそれのある当初の認可に関するハードルは、控訴裁判所のより多くの訴訟提起を促進しようとする動きによって著しく下げられた。特に、認可のアプローチに関する明確化は、少額かつ複雑ではない事案に関して訴訟を提起することを検討している人々に対して大きな勇気づけを与えるだろう。
消費者向け製品を販売する会社や競争法に違反していると考える会社は、この判決が消費者訴訟の可能性を増加させるものであるため、これを注意深く検討するべきであることは明らかである。資金提供者にとっても同様である。なぜなら、このアプローチは認可のコストや考えられるリスクを低減することになるからである。より一般的には、直接の購入は損害を被らないと主張する伝統的な防御戦略(Mastercardが自己の防御で行った議論)は、今では危険である。なぜなら、この判決は本質的に間接的な消費者クラスアクションを招くからである。
しかし、この判決は重要であるものの、あくまで一つの判決に過ぎないということを認識することが重要である。控訴裁判所は(より楽観的であるCATとは異なり)、もし認可が拒絶されたら、Merricks氏のクラスにおける消費者は完全な回復を得られなくなるという主張は受け入れられないと明確に判断した。これはMerricks氏のアプローチと非消費者訴訟又はそのような制限に関する問題が生じないケースにおいて採用されるアプローチを区別する根拠となるかもしれない。控訴裁判所のアプローチにおけるもう一つの要素は、共通問題の定義に対するアプローチと関係している。サブクラスは明らかにイギリスの制度において把握されており、それらの役割は控訴裁判所によって採用されたアプローチにおいて完全に不明確である。これは制度が成熟していくにあたって裁判所が定義づける必要のある事柄である。サブクラスを含めた認可の問題は2019年6月に再度CATに係属する。そこではCATは、欧州委員会のトラックに関する決定に引き続いて提起された2つのクラスアクションについて、そのいずれか又は双方を認可するかしないかについて検討することになる。
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
この件につきましてのお問い合わせ先
マーケティング・ディレクター 外川智恵(とがわちえ)
chietogawa@quinnemanuel.com