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商事訴訟担当者にとっての「ハード・ブレグジット」と民事訴訟手続きの「素晴らしい新世界」 (21/04/23)
2020年12月24日、EUと英国は「英国-EU貿易協力協定」(以下、「ブレグジッド協定」)の条件についてようやく合意に達した。その協定の1200ページ以上のページには、送達、管轄権、法の選択、判決の執行に関する規則に関する事項が全く記載されていないため、訴訟担当者を悩ませるような内容はあまり含まれていない。
そのため、EU域内の実務家らが過去数十年にわたって使用してきたEU法規則の既存のネットワークは、英国が関与する訴訟に関しては崩壊し、潜在的に重要な変更が生じる可能性がある。民事訴訟担当者にとって、これは「ハード・ブレグジット」を意味しており、その結果として生じる規則のパッチワークは複雑で、正確にナビゲートするには細心の注意が必要となるだろう。
この「素晴らしい新世界」は、英国が2020年1月31日にEUから正式に離脱した後に設けられていた移行期間が終了した2021年1月1日に始まった。移行期間では、EU規則のネットワークの現状が事実上維持された。これらの規則の一部は、その後英国法に吸収されたため、少なくとも実質的には、以前のEUという機構がなくとも引き続き適用される。その他の規則、例えば2020年12月31日以前に発行された手続きはランオフ期間に当たるが、多くの規則はハーグ条約やコモンローの規則に置き換えられる。以下に、民事訴訟に関する主な変更点の概要を示す。
法の選択
EUでは、契約責任(Regulation (EC) No 593/2008 「ローマI規則」)および非契約責任(Regulation (EC) No 864/2007 「ローマII規則」)に関連して法の選択に関する規則を採択した。英国がブレグジット協定の一環としてローマⅠ規則およびローマⅡ規則を国内法に組み込むことを選び、それによって英国の裁判所にこれらの規則の適用を義務付けることを選択したために、これらの規則はブレグジット後も引き続き適用される。残るEU加盟国の裁判所としては、ローマⅠ規則とローマⅡ規則は英国の裁判所が引き続き適用すべき法律を表しているのである。ローマI規則およびローマII規則は適用法がEU加盟国の法律であることを要求しないため、英国がもはやEU加盟国ではないという事実は関係しない。したがって、法の選択に関する限りブレグジッドが実質的な変更をもたらすことはないのである。
国際裁判管轄権と外国判決の執行
EUは、ブリュッセル改正規則 (Regulation (EU) No 1215/2012) が適用されている民事および商事に関する国際裁判管轄と外国判決の執行に関する規則を採択した。これらの規則が引き続き適用される範囲は、訴訟が開始された日付によって異なる。
2020年12月31日より前に開始された訴訟:
移行期間の終了前、すなわち2020年12月31日以前に開始された手続きに関する国際裁判管轄並びに外国判決承認・執行に関してはブリュッセル改正規則が英国とEUの間で引き続き適用される。その結果、ブリュッセル改正規則とブレグジッド派が嫌うEU司法裁判所(以下、「CJEU」)の判例法は、今後何年にもわたって効力を発揮することになるだろう。
2021年1月1日以降開始手続き: しかし、ブリュッセル改正規則は移行期間の終了後、すなわち2021年1月1日以降に開始される訴訟については適用がされない。 その代わりに、これらの規則はブリュッセル改正規則の適用範囲外の訴訟へと常に適用されてきた国際協定と既存のコモンロー規則の組み合わせに置き換えられる。
英国は、民事司法協力の分野における2つの国際条約であるルガーノ条約とハーグ条約への加盟に向けた措置を講じており、その施行はブリュッセル改正規則よって残されたギャップを埋めることになる。
英国は2020年4月8日に2007年ルガーノ条約への加盟文書を寄託した。ルガーノ条約は、EU、ノルウェー、アイスランド、スイスの間の国際裁判管轄と外国判決の承認・執行について規定している。ブリュッセル改正規則に比べると完全度は低いものの、英国はこの条約に加盟できれば国際裁判管轄並びに外国判決承認・執行に関してかなりの程度で「通常通り」の対応ができるようになるだろう。
ただし、英国がルガーノ条約に加盟できるようになるには、EUを含むすべての条約締約国の全会一致の承認が必要である。ノルウェー、アイスランド、スイスはすでに英国の加盟を支持する声明を発表しているが、欧州委員会はまだこの点について何の声明も出していない。したがって、英国が最終的にルガーノ条約に加盟することを当然視することはできない。
専属的管轄条項については、英国はすでに合意管轄に関する2005年ハーグ条約(以下、「2005年条約」)に独立の締約国として加盟している。英国はEU加盟国であったために条約の締約国となっていたが、2021年1月1日からは初めて独立した加盟国となる。この条約は専属的管轄条項を有効にするために策定されており、具体的には、締約国が専属的管轄条項を尊重し、条項により生じる判決の執行を要求する。したがって、その有用性は専属管轄権条項に限定されたものであり、特に非対称条項には適用されるものとしては理解されていない。重要なことは執行に関して、条約が凍結命令や差止命令などの暫定措置へは適用されないことである。
不確実性のある問題の一つとして、2005年条約が2015年10月1日に発効してから、英国が独自に締約国となった2020年12月31日までの間に締結されたあらゆる専属的管轄条項への2005年条約の適用が挙げられる。英国は、その期間中に締結されたあらゆる専属的管轄条項に2005年条約を適用することを定めた規則を可決させたが、他の国が同様のことをするかは不明である。重要なことはEUおよび一部のEU加盟国が現在のところ、そうするつもりがなさそうなことである。
英国がルガーノ条約に加盟できない場合、あるいはその問題が2005年の条約の適用範囲外である場合には、英国は二国間条約と国際協調の一般原則に頼ることになる。このことは実務において、拘束約定が存在しない場合においても、明確な管轄の合意を尊重し、それを執行することが一般的になりそうなことを意味している。英国政府は2019年の「外国判決の承認及び執行に関するハーグ条約」の締約国になることを検討しているが、仮に締約国になったとしても、この条約はすぐに英国で発効はしない。
訴訟手続きの送達
送達に関する規則は既に変更されている。EU送達規則(Regulation (EU) No 1393/2007)は、2020年12月31日以前に送達が行われるべきであった加盟国の「受領機関」によって受領された裁判上及び裁判外の文書に適用された。したがって、例えばイングランドでクリスマスイブに訴訟手続きが行われ、ドイツの当事者に送達されることになった場合、ドイツの受領機関が2020年12月31日までにそれらの訴訟手続きを受領していなければ、EU送達規則は適用されなくなり、ブレグジット後の規則に従わなければならなくなる。
ブレグジット後の規則とは、1965年11月15日に締結されたハーグ条約で定められた民事又は商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関するものである。基本的にこれらの規則は、中央機関を通じた送達を要求し、中央機関はその国の規則に従って送達を行う。
証拠調べ
証拠調べ規則(Council Regulation (EC) No 1206/2001)は、訴訟または仲裁を支援するために、他のEU加盟国での証拠調べの要求を迅速かつ効率的に伝達するための枠組みを確立しようとした。この規則はその実現のために以下の3つの方法を提供した。(i)能動的支援(フォーラム裁判所が他のEU加盟国の裁判所に代理で証拠を調べるよう要請する)、(ii)受動的支援(フォーラム裁判所が他のEU加盟国にある裁判所にその国で直接証拠調べを行う許可を求める)、そして(iii)対話的支援(フォーラム裁判所が他のEU加盟国の裁判所の立会いの下で証拠調べを行う)。
2020年12月31日以前に受領された要請については引き続き同規則が適用される。しかし2021年1月1日以降は、民事または商事に関する外国における証拠調べに関する1970年3月18日ハーグ条約を用いることが必要となる可能性があるため、ほとんどのEU加盟国への要請において要請書の発行が必要となる。
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
この件につきましてのお問い合わせ先
マーケティング・ディレクター 外川智恵(とがわちえ)
chietogawa@quinnemanuel.com