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人工知能と反トラスト。アルゴリズムはいかなる場合に競争法に違反するのか? (21/06/25)
I.問題となっていることは何か?
米国、欧州連合、英国をはじめ、競争法制度を有するほぼすべての法域では、競合他社が価格や生産量を固定したり、入札を不正に行ったり、市場や顧客を相互に割り当てたりすることは、それ自体が違法とされている。競合他社間の合意や情報交換が明らかにこれらのカテゴリーに当てはまらない場合でも、競争を不当に制限する場合には違法と判断されることがある。米国では、「合理の原理」分析の下で、拘束の反競争的効果は、その見せかけのものではない競争促進の利益または正当性と比較される。他の法域では、それ自体が違法ではない合意に同様の評価アプローチを適用している。
これらの調査は、いずれも事実関係を非常に重視するものであり、調査の対象者に対して費用のかかる調査や訴訟への関与を必要とする場合が多い。そのため、企業が不適切と思われるような行為までも避けようとするのは賢明なことであるといえる。さもなければ、規制当局からの質問、要求、さらには訴訟に加え、個人または集団による訴訟を回避するため多額の費用を費やすこととなるだろう。
現代版の競争法は、19世紀末に初めて制定されたが、技術の進歩や、競合他社が共謀、もしくは競争を制限する微妙な方法に対応するのに苦労してきた。共同行為の申し立てには、競合他社の間に実際の合意があることが常に重要な要件とされてきた。しかし、技術は、集中した市場にいる競合他社が明示的に共同して行動することに同意してはいないものの、価格やその他の競争基準について互いが平行する「暗黙の共謀」を促進することができ、これは必ずしも違法な共謀のレベルには達しはしないが、明白なカルテルが引き起こすのと同じ反競争的効果をもたらす。
人工知能(AI)は、これらの原則の新しい応用例だ。機械が独立した判断を下すことができるようになると、競合他社が明示的または暗黙的に共謀することに同意しているのか、それとも彼らのAIが単に市場の状況に応じて反応的に行動しており、競合他社と並行して行動することもその中であるということなのか、という重大な議論が生じる。実際、2社以上の競合他社のそれぞれのAIが、実質的には価格やその他の事項で共謀し始めていても、実際の企業の人間の意思決定者はその共謀に全く気がつかない(独占禁止法の用語で言い換えれば、「unconscious parallelism(無意識の平行)」を踏む)ということも十分にあり得る。このことから、人間以外の行為者が価格設定やその他の競争行為を協調した場合に、企業は競争法上の責任を負うことができるのかという疑問が生じる。
この疑問への非常に短い答えは、少なくともこのメモランダムが発行された時点では、「場合による」である。より長めの回答は、競争法は、ある種のAI関連の共謀に対処するのには適しているが、その他のタイプの並行行為に対処するには、現在の法的枠組みでは適していないように思われる。前者については、最近の調査や競争法の基本原則から、アルゴリズムによるカルテルは従来のカルテルと同様に扱われることが示唆されている。しかし、AIの独立した行動から生じる暗黙の共謀が、競合他社との協調を奨励・促進することを意図してAIにコード化された基本原則ではなく、AI自身の意思決定や適応から自然に生じるものである場合には、現行の競争法では対処できないように思われる。
II. アルゴリズム・カルテルとは何か,なぜ現行の反トラスト法では他のカルテルと同様に扱われるのか。
アルゴリズム・カルテルは、おそらくAI関連の共謀の中で最も判断のしやすいタイプである。 この種の協調行為は競合他社らがそれぞれのAIを使用して、価格や製品の生産量、あるいはその他の手段、例えば入札を不正に操作したり、様々な地域の市場や特定の顧客に対してお互いに邪魔をしないようにするなど、共謀することに同意する。このようなケースでは、競合他社らと合意して明らかに違法な方法で競争を制限するという中核的な行動は変わらず、違法な合意を実現するために使用する手段が異なるだけなのである。したがって、現行の競争法の下での違法性は、ほぼ明らかであると考えられる。
実際の例としては、米国司法省がU.S. v. Topkins, No.15-00201 (N.D. Cal. 2015)で起訴に成功したことが挙げられる。このケースでは、Topkinsと他の電子商取引の美術品販売業者が、自分たちの間でオンライン上の価格差をなくすためのツールとして、価格設定アルゴリズムを使用していた。共謀者らは一定の方法で価格を設定することに合意し、その合意を実現するために価格設定アルゴリズムを書き込んだ。司法省は、競合他社らのAIが、価格を固定するという違法な合意を実現するための手段に過ぎないとして、起訴の際に、それ自体が価格固定であるとして有罪判決を求めた。
同様に、関連する問題として、英国の競争・市場庁は2016年8月12日、Trod LimitedとGB eye Limited(英国では「GB Posters」として取引)が、特定の状況下でAmazonの英国サイトで販売されるポスターとフレームの価格を互いに下回らないことに合意したことで、競争法に違反したとする決定を下した。当事者らは自動再価格設定アルゴリズムを使用して、互いの価格を監視・調整し、どちらも相手を下回らないようにすることで、この合意を確実に守っていた。また、両社は定期的に連絡を取り合い、装置が機能していることを確認するとともに、再価格設定アルゴリズムの運用に関する問題に対処していた。
III. 自身のAI価格設定アルゴリズムが他のAIアルゴリズムと共謀し始めた場合、自身が責任を負うことになるのか?
米国では、法律学者たちが、暗黙の共謀が責任を生じさせることができる状況とできない状況という問題に取り組んできた。著名な例としては、この問題に対する態度を公々然としたRichard Posner判事が挙げられる。1969年にPosner判事は、Oligopoly and the Antitrust Laws: A Suggested Approach, 21 Stan. L. Rev. (1969)という論文で、競合他社間の暗黙の共謀や意識的な並行行為の証拠はシャーマン法第1条に基づいて違法とすべきであると主張した。しかし、それから40年以上後、第7巡回区控訴裁判所の判事としてPosner判事は、In re Text Messaging Antitrust Litigation, 782 F.3d 867 (7th Cir. 2015)」において、全く反対の見解を示す意見書を書いた。訴訟を棄却したその意見書の中で、Posner判事は、被告の競合他社らが特定の種類のテキストメッセージング料金について互いに追従しているという強い証拠があったものの、そうすることは自明の理にかなった経済行為であり、明示的な合意の結果ではなかったと説明した。彼はまた、競合他社らはどのような独立した価格決定が違法であり、違法でないかを正確に予測できない可能性が高いため、暗黙の共謀を違法とすることは問題を解決する以上に多くの問題を引き起こすと指摘した。そのため彼はシャーマン法第1条に基づく申し立てを記述していないとして訴訟を却下した。
この法律を踏まえて生じる難しい問題は、企業のAIが独自に、競合他社との共謀が収益や利益を最大化すると結論づけた場合、企業は責任を負う可能性があるのかということだ。このような「アルゴリズムによる暗黙の共謀」は、まだ法廷では検証されていないが、AIがすでに競合他社と暗黙のうちにでも共謀することによって利益が非常に上がることを認識しているために、競争上の現実的な問題である。例えば、英国の競争規制機関であるCompetition & Markets Authority(CMA)は、2018年10月に価格設定アルゴリズムとそれが競争に与える影響に関する調査を発表した。この調査では、「特にオンラインプラットフォームにおいて、価格設定のためのアルゴリズムが広く使用されている証拠」が発見され、「プラットフォーム自身が提供するシンプルな価格設定ルールに基づいて、一部のサードパーティ企業がより洗練された価格設定アルゴリズムを小売業者に販売したり、顧客に代わってコンピュータモデルを使用して価格設定の役割を直接担ったりしている」ことが明らかになった。[1] 競争上の問題が生じたのは、CMAのシミュレーションモデルによって、「一部の価格設定アルゴリズムは、企業がそれぞれ一方的に価格を設定している場合でも、共謀の結果をもたらす可能性がある 」ことが確認されたからである。さらに、この調査では、「ハブ&スポーク」の取り決め(競合他社らがそれぞれ共謀の中心となる「ハブ」と、もしくは「ハブ」を介して互いに協調したりすること)に関して、企業らがベンダーや相互から「同じアルゴリズムの価格設定モデルを採用する」だけで済むために深刻な懸念があることがわかった。
このような状況が法的に問題となるかは法律の現状では十分に示されていない。通常、使用者責任原則によると、従業員の業務上の行為については企業に責任を負わせるものであるが、AIがこのような目的のために従業員とみなされるか、あるいは、共謀に「合意」できる意識的な意思決定者とみなされるかは不明である。また、AIが独自に行う価格設定やその他の共謀的な決定に気がつかない企業にも責任が生じるのか、生じるべきなのかも不明である。AIプログラムの目的の一つは、価格設定やその他のビジネス上の決定を、効率的かつ利益を最大化する方法で自動化することである。AIが効果的に競合他社らとの共謀を始めても、人間の意思決定者にその共謀を警告しなければ、誰も実際に知らないうちに企業が共謀を行う可能性がある。競争法の読み方によっては、このような行為に対して厳格な責任処理が行われるかもしれないが、裁判所がこのような状況下で法律とその適用をどのようにみなすかは、現在のところ不明だ。
もう一つの未解決の問題は、人間の意思決定者がAIの共謀に気がつき、その共謀を支持することを決めた場合にどうなるかだ。暗黙の共謀の原則ではその決定が完全に企業内で行われたもので、共謀的な現状を維持するための競合他社らとの明示的な合意やウィンクとうなずきによる合意を伴わない場合には、その決定は違法ではないかもしれない。一方で、競合他社らが自身らのAIが共謀し始めたことを認識してコミュニケーションを取り、それに対して何もしなかった場合は、より伝統的な「共謀罪」法が適用され、アルゴリズムによる暗黙のものであった共謀をサポートするための事後的な合意が訴訟の対象となる可能性がある。
これらのことから、AIベースの共謀は、依然として未解決の法的問題であり、リスクについてはケースごとの分析が必要なものであることがわかる。さらに、最初は比較的良性であった状況に関しても、結果的な法的分析に影響を与えるような、企業内の人的要素による行動のスペクトルがある。
IV. AIの共謀をめぐる潜在的な規制の枠組みとは?
2021年1月19日、英国CMAは、「Algorithms: How they can reduce competition and harm consumers (アルゴリズム:競争力を低下させ、消費者に損害を与える可能性について)」と題した政府出版物の中で、AIの共謀に対する規制的アプローチを初めて提示した。この出版物の中で、CMAは、アルゴリズムのスキームにアプローチし、検出し、起訴するためのフレームワークを提供し、これらの問題を分析するための新しいCMAプログラムの開始を示すことで、2018年時点に明示されていた懸念をはるかに超えている。CMAのアプローチは、世界的な規制改革の可能性を理解する上で有益であり、また、インターネット上での商業活動の域外への広がりを考慮すると重要な、英国における潜在的な法的リスクを抑える上でも有益なものである。
まず、CMAは、アルゴリズムによる共謀を理解する必要性について、3つの主要な懸念事項を明確にすることでその見解を具体的に示した。
1. 価格データの利用可能性の高まりと自動化された価格設定システムの使用は、乖離の検出と対応を容易にし、エラーや偶発的な乖離の可能性が減少させ、「明示的な協調を促進」することができる。単純な価格設定アルゴリズムであっても、競合他社らの価格に関するリアルタイムのデータにアクセスできるようになれば、企業間の明示的な共謀をより安定したものにすることができる。
2. サードパーティーが提供する同じソフトウェアやサービスを使用したり、彼らの共通の仲介者に価格決定を委ねたりすることを含め、企業が価格設定のために同じアルゴリズムシステムを使用すると、「ハブ・アンド・スポーク」構造が作成され、情報交換を容易にすることができる。
3. 他の情報共有や既存の協調を必要とせずして、価格設定アルゴリズムが共謀することを学習する「自律的暗黙の共謀」の可能性がある。
重要なのは、競争法の伝統的な概念から逸脱する可能性があるとして、CMAは2番目と3番目の懸念について詳しく説明し、次のように主張していることだ。「競争当局が、例えば2つの企業の間で直接的な接触や、競争を制限するための意思の合致がなかったかもしれない場合などに、ハブとスポークや自律的な暗黙の共謀の状況に異議を唱えることができるかはまだ不明確である。」
CMAの、2つの企業間で「直接的な接触」や「意思の合致」さえもない場合に競争当局が異議を唱えることができるかは「不明確」かもしれないという提言は、真剣に考慮されるべきものである。前述のように米国法と同様に、英国の競争法は競争者間の合意または理解の存在を必要とする。このような要件を欠く枠組みは、いかなる企業に対してもその潜在的な法的リスクに大きく影響を与え、世界の規制当局に対して同じ事柄を検討するための基盤を提供するだろう。
第二に、英国がハブ・アンド・スポークや自律的な暗黙の共謀の状況でこのような要件を廃止した場合、企業らはCMAの出版物の他の側面を考慮して内部調査を検討する必要があるかもしれない。特に、CMAは、情報収集を行い、潜在的にはアルゴリズムによる共謀を防止することを目的とする規則を施行する新たな規制機関、Digital Markets Unit(DMU)を発表した。DMUは「重要な企業の主要なアルゴリズムや自動意思決定システムの動作と効果」を把握することで、「デジタル市場の競争促進体制を実現する」としている。CMAは、「現実の市場における共謀のリスクは、経験的な証拠が比較的少ないため不明確である 」と認めている。しかし、自動化された意思決定システムに関する情報を収集する専門部署が存在することで、英国やその他の地域において、以前は観察されていなかった、あるいは企業によっては知られてさえいなかった慣行に対する認識が高まる可能性がある。
第三に、関連して、CMAは企業によるアルゴリズムの使用が消費者法または競争法を侵害している疑いがある場合に、正式な調査を行う可能性について議論した。そして、CMAは、アルゴリズムシステムに関する厳格な情報開示、監視要件とリスク評価など、具体的な是正措置を開示した。
正式な調査と是正措置に関する議論をよそに、CMAはまず初めに、短期的には情報収集に関心を持っているように思われる。例えば、この出版物では再度、「消費者や競争に悪影響を及ぼすいくつかの特定の分野については、実証的な研究が比較的少ない」ことと「自動価格設定の操作と共謀への影響をめぐる研究にはギャップがあることがわかった」と指摘して締めくくっている。しかし、CMAは企業に対し、「アルゴリズムシステムがどのように機能するかを説明できることを確実にしておく」ように警告している。
2021年のCMAの出版物での英国の発表は、規制当局がアルゴリズムによる価格設定スキームの潜在的な問題、特にアルゴリズムによる暗黙の共謀や自動化されたアルゴリズムによる暗黙の共謀に関連した潜在的な法的リスクを認識している一例である。情報収集量が増えることによって、競争規制機関からの監視の強化やエンフォースメントが行われることになるかもしれない。さらに、インターネットの治外法権的な性質により、世界中の企業が、潜在的により規制の厳しい英国の法律を遵守する必要が出てくるであろう。GDPRの影響と同様に、自律的な共謀を禁止することは、たとえ人間同士の合意がない場合においても、海外でインターネットビジネスを行う企業のいずれにも責任を負わせることになる。
V. あなたは何をすべきか?
この分野の法律を取り巻く現在の不確実性を考慮すると、AIを競争活動のあらゆる側面において利用する企業は、AIの開発と導入の段階で法的助言を求めることが賢明だといえる。世界中の立法者や規制当局は、AIが潜在的にもたらす共謀の機会にこれまで以上に関心を寄せている。したがって、賢明な戦略は、リスクが発生する前にリスクを最小限に抑えることである。
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン
外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
この件につきましてのお問い合わせ先
マーケティング・ディレクター 外川智恵(とがわちえ)
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