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COVID-19への曝露に対する企業の責任をめぐる情勢の変化 (22/01/07)
顧客や取引先がCOVID19に感染し、その感染経路が訪問した企業にあると考えた場合、何が起こるのだろうか。本稿では、顧客から企業に対して提起された初期のCOVID-19賠償責任訴訟と、そのような訴訟を抑制するために各州が講じた措置を報告する。多くの州では過失による疾病の伝染を訴因として認めている。 COVID-19のパンデミックの最初の年には、全米の顧客がそのような過失の主張に依拠して、COVID19に晒されたとして企業を訴えた。このようなケースには、注意義務の特定と因果関係の証明というハードルがあるものの、例えば以下に述べるクルーズ船業界に対して起こされた訴訟に見られるように、うまく主張のなされたケースでは棄却の申し立てを免れることができている。このような流れを受けて、企業の営業再開を促したい各州は、このようなCOVID-19への曝露責任を制限する法律を制定している。
企業は免責法令に守られるのか。多くの州では免責法令の導入についてまだ議論が続いている。テキサス州やフロリダ州のような最も保護的な法令でさえ、免責に関しては安全衛生規格の遵守を条件とし、故意または無謀な行為を除外している。また、このような法令は本格的な訴訟や賠償責任のコストを下げるのに役立つかもしれないが、それでも企業側の被告は少なくとも、早い段階での棄却を得るためのコストと手間を負担することになる。したがって、企業は免責法令だけに頼らず、顧客や取引先に愛顧に伴うリスクを承知するよう積極的に働きかけるべきである。
I. COVID-19責任訴訟の始まり
「他人の過失によって疾病にかかることは、その結果の重大さにおいてしばしば他人の過失によって自動車にはねられることと何ら変わりがないために、法的にも熟考の余地がある。」Billo v. Allegheny Steel Co., 328 Pa. 9, 105 (1937). COVID-19のパンデミック以前に州裁判所は、過失による疾病の伝染の責任を主張する不法行為訴訟を認めていた。参照例:Earle v. Kuklo, 98 A.2d 107, 109 (N.J. 1953) (「敷地が危険な伝染病菌に感染していることを知りながら、その事実をテナントに開示しなかった」家主は疾病に感染した者の損害に対して賠償責任を負う) 、John B. v. Superior Court, 38 Cal. 4th 117 (2006) (被告がHIV感染を実際に知っていた、もしくは知るべき理由があった場合、「HIVの過失による伝染の不法行為」を認める) 。
COVID-19に関連した損害について企業に賠償を求める初期の訴訟では、主に過失と重過失の主張がなされている。過失の場合、原告には被告が原告に対して負うべき注意義務に違反し、その違反が主張されている損害を引き起こしたということを証明する必要がある。COVID-19のその他の初期の責任訴訟には、精神的または感情的な損害に対する故意の精神的苦痛の侵害(「IIED」)および過失による精神的苦痛の侵害(「NIED」)が挙げられる。
ビジネスシーンにおいて因果関係を証明することは、原告にとって最大の障害であるかもしれない。 因果関係は例えば「単なる推測、憶測、他の推論から導かれる推論に基づいて立証することはできない」。Saelzler v. Advanced Grp. 400, 25 Cal. 4th 763, 775 (2001). ある企業への訪問がCOVID-19の感染につながったかどうかは、この疾病の広い伝播性を考えると証明が難しいが、コンタクトトレーシング(接触確認)の手法により感染源の確証を得ることは可能であるかもしれない。
初期のCOVID-19関連の訴訟の多くは、乗客が何日も近くにいることで因果関係の証明がしやすかったクルーズ業界をターゲットにしたものであった。同様の理由で、旅行業界やイベント業界の他の企業も訴訟のリスクにさらされている。また、裁判所はクルーズ業界の訴訟に連邦海事法を適用してきたが、COVID-19に関して提起されてきた注意義務や因果関係の論点は比較可能であり、そのため、有益なものだ。(参照: Maritime Law Answer Book, 2015 at p. 8. 以下にて入手可能: https://legacy.pli.edu/product_files/Titles/6728/131980_sample01_20150515151255.pdf).
COVID-19クルーズ業界に対する訴訟の最初の波の1つは、「恐怖訴訟」と呼ばれ、原告らには陽性反応も症状も出ていなかったものであった。その代わりに彼らは、病気になることへの「恐怖」に基づく精神的苦痛に対する損害賠償を求めた。例えば、Weissberger v. Princess Cruise Lines, Ltd.訴訟において原告は、オペレーターが「原告が不合理な危険性にさらされないようにする」義務に以下の点において違反したと主張した。 (1) COVID-19の兆候を持つ乗客が下船した後に出航することを選択したことについて、「乗客を安全に保つために必要な予防措置を取らなかった」点、(2) 新しい乗客に曝露の可能性について警告しなかった点、そして (3) 乗船前に新しい乗客をスクリーニングしなかった点である。2020 WL 3977938,*1 (C.D. Cal, July 14, 2020). これらの違反により、原告らは症状が現れていないにもかかわらず、船内で隔離されている間にCOVID-19に感染する恐怖から、精神的苦痛とトラウマを受けたと主張したのである。Id.
しかし、裁判官は損害を伴わない被害に関する原告らの主張を受け入れると、「つまらない訴訟が氾濫し、無制限で予測不可能な責任への扉が開かれる 」との懸念を示した。Id. at *4. 裁判所は、主張されている請求が過失による精神的苦痛の侵害に最も近い形式であると考え、連邦海事法を適用し、原告に対して「恐れていた疾病の何らかの症状が現れた」場合に損害の回復を制限する危険領域テスト(Zone of danger test)を満たす必要があると判示した。Id. at *2-3(Nelson v. Metro North Commuter R.R., 235 F.3d 101, 113 (2d Cir. 2000) を引用). 原告がCOVID-19に感染した、あるいはそのような症状を示したという申し立てを欠いていたため、裁判官はWeissberger訴訟と他の13の連結された恐怖訴訟を、確定力を持って棄却した。Id. at *1, 5.
カリフォルニア州中部地区でのクルーズ業界に対する別の訴訟、Archer v. Carnival Corporation and PLC訴訟では、集団訴訟の原告は、過失、重過失、IIED、NIEDに関する請求を行なった。2020 WL 7314847 at *1 (C.D. Cal.,Nov. 25, 2020). Archer訴訟での裁判所はWeissberger訴訟に続き、単に恐れているだけで、COVID-19に感染したことや症状を経験したことを主張しない原告の請求を棄却した。Id. at *7. しかし、裁判所は、COVID-19の症状がなかった、あるいは搭乗前に症状を示した人物への曝露がなかったと主張する残りの原告については、棄却を免れるために十分な因果関係を主張していると判断した。これらの原告は、乗船中にCOVID-19に曝露され、その症状が曝露されたと彼らが主張してから14日以内に始まったことを十分に主張していた。Id. 次も参照: Kantrow v. Celebrity Cruises Inc., 2021 WL 1976039 (S.D. Fla Apr. 1, 2021) (同). ArcherとKantrowの両訴訟では、証拠開示手続きを進め、Kantrow訴訟はその後和解に終わっている。次それぞれを参照: C.D. Cal. Case No. 2:20CV04203と S.D. Fl. Case No. 1:20-CV-21997.
Lindsay v. Carnival Corp. 訴訟において裁判所は、クルーズオペレーターの行為がIIEDの請求に必要な極端かつ非道な行為の水準に達しているかを検討した。2021 WL 488994, at *4 (W.D. Wash. Feb. 10, 2021). 裁判所は被告が「COVID-19についてまだ多くのことが分かっていない、世界的大流行となる前の最初の数週間に行なった出航するという決定は、良識の範囲を超える行為とはいえない」とし、原告が、被告が「当時疾病管理センターが推奨していたことと矛盾する行動をとった」ことを主張できなかったために特にそうであるとした。Id. 裁判所は、確定力を持って請求を棄却した。原告は3度にわたって訴状を修正した後、この訴訟は訴答段階の域を脱した。Id. at *5.
棄却の申し立てについて、Crawford v. Princess Cruise Lines Ltd., 2020 WL 7382770訴訟, at *6 (C.D. Cal. Oct. 8, 2020) での裁判所は、被告がCOVID-19による「身体疼痛」の損害が軽微であると主張した場合に原告が提訴する資格を有するかどうかについて取り扱った。裁判所は、「一部のCOVID 19の症状のみが賠償を保証するほど十分に有害である」と訴答段階で決定する用意はないと述べ、棄却の申し立てを却下した。Id. at *4 (因果関係を十分に主張していないとして確定力を持って請求を棄却)Kantrow訴訟において被告は同様に、「風邪やインフルエンザの様な症状に対する請求は、de minimis non curat lex の法理(法はささいな事柄に拘泥しない) の下では訴求力がない」との主張を行なった。Id. at *15. 裁判所は同様に、どの程度の症状であれば賠償を受けるに足るかを訴答段階において判断することを拒否した。Id. at *16.
II. COVID-19への曝露の不法行為責任に関する免責法令
これらの訴訟と他の訴訟の脅威に対応するため、2020年5月に米国商工会議所とその他数百の事業者団体は、企業のための「一時的かつ的を絞った責任救済法」を求める書簡を議会に提出した。米国商工会議所のプレスリリースを参照:U.S. Chamber Calls for Liability Protection for Businesses as Fear of Lawsuits Continue to Grow (米商工会議所、訴訟への懸念が高まる中、企業への賠償責任保護を要請)(May 27, 2020) (「公衆衛生ガイドラインに従う企業は、訴訟を心配する必要はないはずだ」と指摘。)
しかし、こうした保護に批判的な意見もある。例えば、コンシューマー・レポート(Consumer Reports)、アメリカ消費者連盟(Consumer Federation of America)、全米消費者擁護協会(National Association of Consumer Advocates)などの消費者団体は、免責法案に反対するために議会に書簡を送った。参照:Letter from Consumer Reports and Others Opposing COVID-19 Liability Shield for Businesses (May 6, 2020)(企業がCOVID-19 の責任から逃れる盾に反対するコンシューマー・リポート等からの書簡) これらの団体は、連邦法が「消費者と労働者の保護を弱め、過失行為を許し、何世紀にもわたる州法の救済を含む州法を不当に軽視することになる」と主張した。Id.(「消費者が、店の不当な予防措置の失敗が原因で病気になったことを証明できるのであれば、その企業は法的責任から免れられるべきではない。」)
議会はまだ行動を起こしていない。しかし、州議会はこの問題に取り組んでいる。ほとんどの州ではCOVID-19に関連する請求について、医療業界の免責保護が導入された。
(参照:https://www.jackscamp.com/national-survey-of-covid-19-immunity-legislation/). しかし、各州が同様の保護を他のビジネスに拡大するのは遅々として進んでいない。約半数の州では、ヘルスケア産業以外のビジネスにも一般的に適用される免責法令が制定されている。Id. このような保護を制定した州のうち多くは、企業に対して連邦、州、または地域の安全衛生ガイダンスを遵守することを求めており、損害が理不尽、無謀、または故意による違反行為によって引き起こされた場合に責任を免除する州はない。Id.
また、一部の州は、COVID-19の請求に対してより高度な訴答基準やその他の閾値要件を導入している。例えば、フロリダ州のCOVID-19免責法は、原告にパンデミックの始まりに遡り主張を具体的に述べ、原告に生じたCOVID-19による損害が被告の作為または不作為の結果として発生したと信じることを証明する医師の宣誓書を提出するよう要求している。(http://laws.flrules.org/2021/1). 原告はまた、被告が曝露の疑われている時期にガイドラインを実質的に遵守していなかったことを示さなければならない。Id. テキサス州の「パンデミック責任保護法」はさらに先を行くもので、被告がCOVID-19への「曝露につながる可能性が高い」状態を知っており、そして警告をしなかったということを原告が示すことができるよう要求している。
(参照:https://capitol.texas.gov/tlodocs/87R/billtext/pdf/SB00006F.pdf#navpanes=0). また、原告は被告が故意に健康基準の実施または遵守を怠ったことを示さなければならない。Id. 最後に、原告は被告が原告にCOVID-19を感染させたという主張の事実的・科学的根拠を示す専門家報告書を、あらゆる回答から120日以内に提出しなければならない。Id.
(https://www.jackscamp.com/national-survey-of-covid-19-immunity-legislation/). デラウェア、ワシントン、メインには、どの業界に対しても責任に関するCOVID-19特有の法律がない。Id.
III. 免責法令は約束された保護を提供するのだろうか
免責法令は一見保護的であり、企業に安心感を与えるものの、ほとんどの法令は訴訟の提起を妨げる障害を提供しはしない。Id. むしろそれは棄却の申し立てによる解決の対象となり得る積極的な抗弁を提供するものである。ほとんどの場合、被告はワクチン接種、マスク着用、ソーシャルディスタンシングなど、常に変化する安全衛生ガイドラインへの遵守を証明するよう求められる。 (参照:Mini Kapoor & Julie Pettit, Innovative Tort Claims in the Wake of Covid-19, 93 The Advoc. (Texas) 27, 27 (2020)).また、連邦請求に対して、クルーズ産業に適用されるような州法による救済が与えられることはない。
Brady for Smith v. SSC Westchester Operating Co. LLC訴訟は、これらの州法の欠点を実証しているものである。老人ホームの入居者は、COVID-19の陽性反応が出た、あるいは症状が出たスタッフに入居者を曝露したとして、過失と未必の故意による違法行為を主張して運営会社を訴えた。 2021 WL 1340806 at *1 (N.D. Ill. Apr. 9, 2021). 被告はイリノイ州緊急事態管理庁法が「災害時に『国の要請により支援または助言』を行う『私人、会社または法人』は、いかなる者に対しても死傷者を出しても民事責任を負わない」と免責を与えているため、棄却されるべきだと主張した。Id. at *3-4.
裁判所はこれに同意しなかった。同裁判所は「『免責の抗弁は通常、事案の事実関係に依存する』ため、免責を理由に訴答段階で棄却することは通常不適切である」と判示した。したがって、原告が積極的防御のすべての要素を明確に主張しない限り、免責に基づき訴状が却下されることはない。Id. at *5 (Alvarado v. Litscher, 267 F.3d 648, 651 (7th Cir. 2001)を引用). 原告が、被告の行為が緊急事態管理法のいくつかの要件を満たしていないと主張したために本件の棄却をすることはできなかった。Id. 被告は、免責が認められる前に、注意の基準を満たしたことを証明しなければならず、そのためには裁判が必要となる場合がある。このためBrady訴訟は、免責に関する法令は遅延的な保護を、適格な被告に対してのみ提供するかもしれないが、訴訟のコストや中断に対しては何も提供しないと警告している。
COVID-19の責任からよりよく身を守るために、企業は何をすればよいのだろうか。企業は、顧客や取引先が愛顧に伴うリスクを承知することを確実にするための措置を講じるべきである。選択肢としては、企業の入り口にある警告標識を用いた黙示の権利放棄や、COVID-19のリスクを伝え、顧客やクライアントが自発的にそれを受け入れることを可能にする明示的な書面による権利放棄が挙げられる。(Betsy J. Grey & Samantha Orwoll, Tort Immunity in the Pandemic, 96 Ind. L.J. Supp. 66, 84–86 (2020)). 裁判所は一般的に通常の過失に対して権利放棄を強制するが、すべての州が人身損害の請求に対してそうしているわけではなく、州によってはCOVID-19の請求がその範疇に入るとみなす場合もある。(参照例:Corbin on Contracts § 85.18 (2019); La. Civ. Code Ann. art. 2004 (2018))
企業は、国、州、および地域の健康ガイドラインについても常に把握しておく必要がある。Q
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン
外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
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