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出願手続懈怠と出願人・訴訟当事者が注意をすべき理由 (22/02/25)
26年前、特許の存続期間が発行から17年から出願から20年に変更された。この変更以前は、特許をできるだけ長く存続させるために、出願人が特許の継続出願を行い、特許の発行を遅らせることが一般的であった。このような特許は「サブマリン特許」と呼ばれることもある、水面下に隠れていて必要なときに出てくるという、その目的にふさわしい名称を持つものである。しかし、最近では発動されることが稀な抗弁である「出願手続懈怠」に関する2つの判決が出たことで、特許権者はこの戦略の採用について考え直さなければならなくなり、被疑侵害者にとってはその抗弁の中に新たな剣が与えられたこととなった。
出願手続懈怠は、1900年代初頭に遡る衡平法上の抗弁である。特許権者が不合理であり説明ができない長期の審査遅延を引き起こしたことが判明した場合、被疑侵害者はこの抗弁を行使して特許を執行不能にすることができる。特定の競争相手を保護することを目的とした従来の懈怠とは異なり、出願手続懈怠の目的は公共の利益に資することである。最高裁は、「発明者及び特許出願人が、弁解の余地なく意図的に実際の発明の日以降その独占期間の開始を延期し、その結果有用な発明の自由な公共の享受を遠ざけるいかなる行為も、法の回避でありその善意の目的を打ち砕くものである」と述べている。Woodbridge v. United States, 263 U.S. 50 (1923).
古くから存在するがほとんど使用されていない抗弁である出願手続懈怠は、今年Hyatt v. Hirshfield訴訟で連邦巡回控訴裁が4つのサブマリン特許を沈没させ、Personalized Media Communications v. Apple訴訟でGilstrap判事が出願手続懈怠を理由に308百万ドルの評決をひっくり返したことから大きな話題となった。本稿ではこれら2つのケースを検証し、特許訴訟におけるいくつかの影響について考察する。
Hyatt v. Hirshfield訴訟 出願手続懈怠の復活
今年初め、連邦巡回控訴裁は、マイクロチップおよび集積回路技術に関する多数のコア特許の所有者であるGilbert Hyattに4件の特許を発行するようPTOに命じた連邦地裁の判決を取り消す判決を下した。Hyatt v. Hirshfeld, 998 F.3d 1347 (Fed. Cir. June 1, 2021). この4つの特許が発行された場合、それは極めて価値のあることとなりうる。PTOは抗弁として出願手続懈怠を提起したが、連邦地裁はPTOがその立証責任を果たせなかったと判断した。
問題となっている特許出願は1995年にさかのぼる。Hyatt訴訟の背景を理解する上で、1995年という年は重要である。この年、米国は関税貿易一般協定(以下「GATT」)のウルグアイ・ラウンドの採択により、特許期間を発行日から17年から、出願日または対象出願が優先権を主張する先の非仮出願の出願日から20年に変更することに同意した。1995年6月8日に施行された新法により、1995年春にはPTOに特許出願が殺到し、後にこの時期は「GATTバブル」と呼ばれることとなったが、この名は最近の出願手続懈怠訴訟でも顕著に現れているものである。Hyattは、GATTバブルの間に381件の特許出願を一括して行い、各出願はそれ以前の11件の親出願のうち1件のコピーであった。Hyatt判決で検討された4件の特許出願は、HyattのGATTバブル期の出願に由来するものである。
最初のGATTバブル出願の後、Hyattは長すぎるだけでなく、膨大な数の請求項(1出願あたり平均数百の請求項)を特徴とする一連の補正書を提出した。圧倒されたPTOは、Hyatt に一連の通知と冗長なクレームの数を合理化するための要件を与えたが、Hyattはこれに完全には従わなかった。PTOは最終的にこれら4つの出願を却下した。
2005年11月と2009年9月、Hyatt はこれら4つの特許出願からの特許発行を求め、4件の特許法145条に基づく訴訟を提起した。各訴訟においてHyattは、PTOが事実誤認を犯し、法律を遵守しなかったと主張した。PTOは出願手続懈怠が適用されると反論し、 Hyattが「1969年から今日まで自身の約400件の特許出願の審査を繰り返し遅延」させてきたために、特許権の喪失を招いたと主張した。彼の遅延戦術には、45年以上前の出願に優先権を主張すること、1995年6月8日の前夜に11の先行出願のコピーである300以上の出願を一括提出すること、そして出願ごとに異なる発明に集中することをPTOと合意しながらもそれを実行しないこと(後に彼にはそもそも実行する気がなかったということが明らかになった)などがあった。5日間のベンチ・トライアルの後、連邦地裁は、PTOはHyattの係属中の出願に対応するためにもっと努力と資源を投入できたはずであり、PTOとHyattの会合はあまりにも非公式なもので不十分な点があったと認定した。さらに、PTOが2003年から2012年までの間、いくつかの訴訟の結果が出るまでHyattの特許の審査を停止したために、審査の停止はHyattに完全に起因するものではなかった。最終的に連邦地裁は、HyattではなくPTOが「Hyattの出願の審査を進めるために必要な行動をとらなかった」ために出願手続懈怠が適用されないと判断した。
控訴審では連邦巡回控訴裁がこれを覆した。まず、連邦巡回控訴裁は、出願手続懈怠の起源と歴史について検討し、出願手続懈怠は現在も存続し、特許訴訟当事者とPTOの双方に利用可能であると判断した。特に、連邦巡回控訴裁は出願手続懈怠に関連する3つの先例(In re Bogese, 303 F.3d 1362 (Fed. Cir. 2002), Symbol Techs., Inc. v. Lemelson Med., Educ. & Research Found., LP, 422 F.3d 1378, 1385 (Fed. Cir. 2005), and Cancer Research Tech. Ltd. v. Barr Labs., Inc., 625 F.3d 724 (Fed. Cir. 2010). )を分析した。
Bogese訴訟では、8年の間に12回の継続出願を行い、いずれも前回の却下理由には触れていなかったことから出願手続懈怠が発生したとの判断がされた。同様に、Symbol Technologies訴訟において連邦巡回控訴裁は、出願から特許発行までの間に18年から39年の遅れを生じさせた出願人の反復出願を不当とした。より最近の例だと、Cancer Research訴訟において連邦巡回控訴裁は、出願手続懈怠の証明に新たな要素を加え、提案者は(a) 特許権者による審査遅延が、総合的な事情を考慮すると不合理であり弁解できないこと、(b) 遅れに起因して被告侵害者が不利益を被ったことを証明しなければならないとした。そして、連邦巡回控訴裁は被告人侵害者が不利益を被ったことを証明できなかったことを理由に、被告人侵害者の出願手続懈怠の抗弁を否定した。
これらの判例をHyattの事実に当てはめ連邦巡回控訴裁は、連邦地裁が出願手続懈怠の法的基準の適用を誤り、PTOの行為を適切に評価せず、総合的な事情を考慮することを怠ったとの判断を下した。連邦巡回控訴裁は、Cancer Research訴訟で確立された出願手続懈怠の2つのプロングを適用した。
総合的な事情
連邦巡回控訴裁はまず、問題となったHyattの4件の出願は、いずれも1970年代初頭と1980年代に提出された出願に優先権を主張しているもので、つまりHyattは自分のクレームを審査に出すのに12年から28年待ったことになると判断した。同様の遅延は、彼のGATTバブル特許の全てに及んでいることが判明した。 Hyatt は、その遅延が10年から19年に過ぎないという主張を行ったが、連邦巡回控訴裁はそれを真実と認めたとしても、これらの遅延は出願手続懈怠を引き起こすのに十分であると判断した。
また、裁判所は「無期限の審査遅延をほぼ保証する」Hyattの審査手法を批判した。裁判所はHyattのその手法を「PTOを圧倒する完璧な嵐」と表現し、以下を含むHyattの複数の行動が審査遅延を長期化させたと判断した。
・Hyattは異なる優先日を持つ多数の初期特許出願の優先権を主張し、審査官に大きなフラストレーションを与えた。
・Hyattは長くて複雑な明細書を提出し、審査官がその要素を特定するのを非常に困難で時間がかかるものにさせた、そして、
・Hyattは各出願に何百もの請求項を追加する補正書を提出するということを繰り返し、その補正書のうちのいくつかは以前の出願の請求項と重複し同一であり、審査をさらに挫折させた。
総合的な事情を考慮すると、「Hyattの審査アプローチを正当化する合理的な説明は......なかった」のである。したがって、連邦巡回控訴裁は、Hyattが説明のつかない不合理な遅延を行い、彼の出願の審査をPTOが行うことを妨害したと結論づけた。
不利益
Hyatt訴訟において裁判所は、特許侵害訴訟における不利益に関する判例をHyattの起こした特許法145条に基づく訴えに適用した。この判例は一般に、被疑侵害者が特許権者の遅延に起因する不利益を立証することを要求しており、典型的には侵害者が遅延期間中にクレームされた技術に投資し、作業を行なった、使用していたことを立証すること、言い換えれば、侵害者は介在権を示す必要があることを要求している。連邦巡回控訴裁はまた、伝統的な懈怠の抗弁における不利益の要素に関する判例を借用し、一般に6年の遅延は「不合理、説明できない、かつ不利益」であると推定している。これら2つの判例を組み合わせ連邦巡回控訴裁は、特許法145条に基づく訴えの文脈において、PTOは一般的に、不利益を立証するために介在権を証明しなければならないが、6年以上の不合理で説明のできない審査遅延は、不利益の推定を生じさせるもので、 不利益の欠如を立証する責任は出願人に移行するとした。
裁判所はさらに次のように判示した。
特許出願人がPTOの特許審査制度の明らかな乱用を行った場合、出願人の乱用とその効果は、出願手続懈怠の不利益要件を満たすものである。特許制度の明らかな乱用とは例えば、出願人の行為がPTOの事務負担を不当に増加させ、それによって制度を利用するすべての人に事実上課税がなされるような場合である。またこのような乱用は、出願人がより広く公共の利益を害し、特許制度の善良な性質を低下させ、有用な技術における革新と創造性を抑制する危険な可能性を示すものだ。このような稀な状況では、出願人の行為とPTOに及ぼすその影響だけで、特許法145条に基づく訴えにおける出願手続懈怠の抗弁を目的とした不利益を証明するのに十分である。
連邦巡回控訴裁は、不合理かつ不当な遅延を引き起こしたHyattの訴訟中の行為は、それだけで不利益要件を満たす可能性があることを示唆した。しかし裁判所は、差し戻しにおいては、Hyattは不利益の推定を否定する証拠を提出する権利を有すると指摘した。従ってHyatt訴訟は、PTOがその出願手続懈怠の抗弁で勝訴し、Hyattには差し戻しにおいて不利益を反証するという課題を残すという結末で終わった。
Hyatt v. Hirshfield判決の適用:Personalized Media Communications v. Apple訴訟
Hyatt訴訟において新たな命を与えられた直後、出願手続懈怠はテキサス州東部地区を襲撃し、3億800万ドルの陪審評決を一掃した。
Personalized Media Communications(以下「PMC」)とAppleとの間での特許侵害訴訟において、陪審員はAppleがPMCの特許を侵害したと認める評決を下し、PMCに3億800万ドルを超える損害賠償を命じた。Personalized Medica Commc’ns, LLC, v. Apple, Inc., No. 2:15-CV-01366 JRG (E.D. Tex. Aug. 5, 2021). 3ヶ月後、Gilstrap判事は、Appleの衡平法上の積極的反訴を判断するためのベンチ・トライアルを開催し、そのうちの1つは出願手続懈怠であった。
この裁判での証拠により、PMCの侵害された特許は1981年と1987年に出願された2つの特許出願に由来することが立証された。1981年から1995年の間、PMCの特許出願戦略は、「30年から50年という長期間にわたって広範囲な市場支配を行使する」ことを目標として、「法律が許す限り」継続出願を遅らせるというものであった。さらにPMCは、クレームされた内容が業界で広く採用されるまでは特許ポートフォリオを隠蔽し、侵害が定着し広まった後に初めてライセンスや権利行使に踏み切ったのである。
Hyattと同様、PMCも1995年6月8日の少し以前のGATTバブル期に大量の(328件もの)継続出願を行った。これらの出願は、1981年および1987年の出願に遡って優先権を主張し、その各出願には、PMCがGATT以前の法律の恩恵を受けながら後で修正できるように、プレースホルダ・クレームのみが含まれていた。このような経緯から、侵害されたPMCの特許は2012年まで発行されず、発行直前に追加された新しい修正クレームを含むものであった。
Gilstrap判事は、本件がHyatt訴訟での事実のパターンと極めて類似しており、Hyatt訴訟と同様に総合的な事情から、PMCが特許の審査において不合理かつ弁解ができない遅延に関与していたことが示唆されると判断した。特に不利益の証明に関してGilstap判事は、PMCが後に主張することになる特許を審理している間、AppleはPMCの潜在的特許権を全く意識せずに、その間の数年間製品を開発してきたと指摘した。従って、Appleの介入権は不利益のプロングを満たすのだと。
Gilstrap判事はその最終処分において、「当裁判所は、正当に選任された陪審員の全員一致の評決を妨げる可能性があることを非常に重く受け止めている」ものの、「同時に当裁判所は、明確かつ適時で、非常に妥当、そして何よりも拘束力のある連邦巡回控訴裁の権威を無視することはできない」と記した。本件とHyatt訴訟の顕著な類似性に直面し、裁判所はApple側に立ち、PMCの特許は行使不能であるとし、3億800万ドルの陪審員全員一致の評決を覆す判決を下したのであった。
まとめ
ではこの2つの訴訟は、特許訴訟当事者や出願人にとってどのような意味を持つのだろうか。まずHyatt訴訟とPMC訴訟は、連邦巡回控訴裁が明らかにしたように、特許権者は出願手続懈怠を引き起こすことなく継続を申請することが可能であるために、ひどい審査戦術を表しているものである。連邦巡回控訴裁は、Symbolic Techs訴訟において許容される審査行為の例を以下の通り3つ挙げている。
1.特許出願の発行直前であっても、制限要件に対応するための分割出願を行うこと。
2.発明の予期せぬ利点に関する新しい証拠を提示するために再出願を行うこと、そして
3.発明の進展に伴い、より広範なクレームをサポートするために、主題を追加するための再出願を行うこと。
このリストは完全なものではなく、Hyatt訴訟やPMC訴訟のレベルに達することなく、出願人が出願を行い、特許性を正当に追求できる方法は数多くある。さらに、たとえ審査が6年以上遅れたとしても(その後不利益が推定される)、出願人には不利益を否定する証拠を提出する機会がまだある。
第二に出願人は、重要なのは総合的な事情であることを心に留めておく必要がある。Hyatt訴訟やPMC訴訟が示したように、裁判所は問題となった特許だけでなく、PTOにおける出願人の行為全体にも目を向ける。言うまでもなく、熟練した訴訟当事者は、審査履歴、特に膨大な履歴を丹念に調べ、出願手続懈怠の主張を裏付けるいかなる不合理な行為をも発見するであろう(そしてそうすべきである)。Hyatt訴訟とPMC訴訟の判決は、特許出願人が特許保護を受ける権利を損なわないよう、審査中に継続やその他の遅延を繰り返す前によく考えるよう警告するものである。
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン
外国法事務弁護士事務所
東京オフィス代表 ライアン・ゴールドスティン
この件につきましてのお問い合わせ先
マーケティング・ディレクター 外川智恵(とがわちえ)
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