執筆者:ライアン・ゴールドスティン
今年1月に勃発したトヨタのリコール問題は、トヨタ車8種を販売中止に追い込む企業の信用問題をはじめ、アメリカ国内の工場の生産停止をもたらすなど、経営面にも深刻な影を落とした。
トヨタのみならず、メディアに大々的に取り上げられないが、リコールや苦情の対象になる事例は、実は日常的に起こりうることであり、事実、私はそれらの訴訟にかかわってきた。
アメリカにおいて日本企業が危機に直面した場合、どのような対応をすべきなのか。また、その危機を未然に防ぐためにはどのような体制を整えておくべきかを話したい。
アメリカでは、消費者をはじめ、ベンダーも含む顧客にとって不利益が生じるなど、ネガティブな要素を公の場で発表する場合、まず企業が対応しなければならないのは、単に謝りの言葉をつづる「謝罪」ではない。
- 問題は何であるかを明確に述べる
- その問題にどのように対応するかを具体的に述べる
- 問題が発覚する前に自発的に公表すること
これは、対面的な初動の基本ともいえる。特に、問題発覚から公表するまでの時間をいかに早くするかは重要で、時間がたてばたつほど、別問題での憶測が飛び交うなど問題を大きくしかねない。
しかし、日本の慣習を重んじて、まずは謝罪しようという姿勢は、アメリカの国民感情を収めるには至らない。むしろ、「申し訳ございません」という言葉だけでは、何の改善策もなく、口先でただ謝っただけで責任逃れの姿勢とも取られてしまう。さらに、謝るだけでは、「弱い企業」という印象を与え、訴訟を加速させることにもつながる。消費者にとって、政府にとって、欲しいのは「情報」なのである。
では、具体的にどのように謝罪すればよいのか。問題発覚から、謝罪までいかに早急に対応するかという意味では、第一声は、「○○日までに、対処法を決め公表することを約束する。対処法を公表するまでには、具体的に次のような手段で、対処法、原因の究明にあたる」と、公表までに沈黙している間に、何をしているかを明確にすることで批判を和らげることができる。
さらに、証拠開示の際に資料はすべて白日にさらされることになるので、初期の段階に早めに公表したほうがよい。ちなみに、証拠開示では、企業が安全面よりも経費削減を重視した経過なども判明する。企業側は、すべてが開示されることを覚悟して日常の業務に取り組んでほしい。
日本では、こうした発表を幹部が担当することが多いが、表明する内容によっては、実際に研究開発を担っているエンジニアが具体的に説明するなど、専門家がわかりやすく対応することも重要なポイントである。
これらの公への対応を、企業側の常識だけで考えてしまうのは、大きな間違いを犯す第一歩である。
問題を認めることは重要であるが、発表する内容やその方法は弁護士を交えて十分に練り上げる必要があるのだ。一度、謝罪として発表した文言や事象はその後、訴訟に持ち込まれたときに「証拠」として扱われる。たった一言が命取りになる可能性も否めない。
こうした事態に備えて、企業側はまず「企業のPR」「リコール問題などへの対応」「訴訟」に「同時に対応できる」弁護団を結成すべきである。
「企業の姿勢」とは公の反応への企業としての対応、「リコール問題などへの対応」とは、トヨタ問題を例にとれば、NHTSA(米運輸省高速道路安全局)への報告や、それに伴う政府の調査への対応、リコールなどの対応、「訴訟」とは、必然的に起こるであろう民事訴訟への対応である。
これらはすべてリンクしていることである。先にも述べたように、PRのために、公に公表した文言は訴訟では証拠として扱われるし、問題解決のための対応は、企業のPRの内容であるし、訴訟においても重要。さらに、訴訟問題は言うまでもなく企業のPRに大きな影響を及ぼすからだ。
だからこそ、この3点すべてに対処した経験のある弁護士に依頼する必要があるのだ。とかく、日本企業は、契約や合併時に依頼したことのある、兼ねてから付き合いのある弁護士事務所に依頼しがちであるが、こうした事態に対応するためには、「友達だから」「古い付き合いだから」という日本流の視点は捨てて、弁護士事務所を選ぶべきである。また、アメリカの弁護士事務所に詳しくないために、日本の弁護士事務所を介してアメリカの弁護士事務所を紹介してもらうのは得策ではあるが、合わせて企業側もきちんと査定する目を持ち、弁護士事務所の選定にあたりたい。「デキる弁護士」と「ウマい弁護士」は違うという部分にもくれぐれも配所して、次の質問を投げかけてみよう。
- トライアルの経験(過去に何件経験しているか、どんな事例を扱ったことがあるか)
- リコール、企業PR、クラスアクションなど、企業側が必要とする事例を扱った経験がどれくらいあるか
- 企業側が抱えている問題と似たような訴訟を扱ったことがあるか
- 依頼した場合、どれくらいのチームを組んで、何人の弁護士が実働してくれるか
- 企業側が抱えている問題について、どういう戦略で臨めるか(優秀な弁護士は、企業側と話す前にある程度の戦略をすでに立てている)
- 上記の質問に直接答えてくれた弁護士が、担当するのか。また、定評のある弁護士に依頼することが可能なのか。(インタビューにだけ答えて、別の弁護士が担当する場合もある)
- 毎日のやり取りは、誰(弁護士)が担当するのか
- 予算の見積もり
アメリカ人弁護士は、上記のような質問を受けることに慣れている。詳細を聞くことは失礼だと思わず当たり前の権利として施行してほしい。
弁護士に依頼する前に、企業側がしておきたいこと。それは、社内で円滑なコミュニケーションがとれるチーム作りである。特に、日本企業がアメリカで問題に直面した場合には、アメリカ側だけ、日本側だけが対応に当たるのではなく、日米両本社がともに対応に当たるべきである。チームの編成に不可欠なのは、「一緒に働いた経験のある」メンバーをそろえることだ。チームを編成したら、できるだけ早急に問題に対応する。こうした危機に直面した場合は、時間との戦いになる。具体的には以下の注意事項を参考にしてほしい。
- 直面している(するであろう)問題を総合的に考えて調査チームを組織。 広報戦略を公式化するためスポークスマンを決定
- 直面している(するであろう)問題と類似した経験の豊富な弁護士に依頼
- 問題とされている要素については、政府との対話を速やかに始める
- 証拠の保存 弁護士・依頼者間の秘匿特権を保護する
- 社員、経営幹部には方向性を示し、理事会、役員などには経過を報告
こうして、コラムを書いている間に、インターネットのニュースにはトヨタの文字が躍る。4月7日、ダウジョーンズ・ニューズワイヤーズが確認したトヨタの社内資料で、「この問題を隠しておく時期は終わった」と幹部の一人が1月16日付の電子メールで宣言していたことがわかった。
私が警告していた通り。問題発覚後は、すべてが白日の下にさらされる。問題が起きてからでは遅い。国際社会で戦い抜いていくためにも、せめて今から心構えだけでもしてみたらいかがだろうか。
最後に、こうした問題に直面しても、最終的には解決をみるということを忘れないでいただきたい。