執筆者:ライアン・ゴールドスティン
現在、アメリカの弁護士数は約110万人と言われている。約143万人と言われる米軍兵士数に次いで多い職業であり、ある統計では世界の弁護士数の約3分の2を占めるとも言われている。
毎年、アメリカでは5万人近くの弁護士が排出され、その数は年々増え続けている。ご存じのとおり弁護士になるハードルは日本に比べたら低い。それだけ多種多様な人材を世に送り出していることになる。多民族国家であるアメリカにとって、大きく門戸を開き、豊富な人材を放出することは、多種多様な国民に対応するためでもあると言える。
アメリカでは、弁護士の専門業務も細分化され、弁理士や行政書士、司法書士に当たる仕事も弁護士が担う。確かに、アメリカの人口がそれに比例して増えているわけではないから、必然的に仕事を奪い合うことになる。しかし、それはどの世界にも必要な切磋琢磨だとも言える。
万物には善悪、裏表など「対極」が存在するものであるが、弁護士の世界においての「対極」を考察する。
「パテント・トロール」「クラス・アクション」「虚偽表示訴訟」
法務部、知財部に籍を置く読者なら、一度は耳にし、実際にその対策に取り組んでおられるだろう。このコラムでも、過去にこれらをテーマにその現状と対策を報告してきた。この3つのテーマに共通するキーワードに、すでに皆さんはお気づきだろうか?
「弁護士」である。
我々のように企業を弁護する被告側の立場と、弁護士が新しい訴訟を生み出して原告なる立場。同じ報酬を得るのでも、動機は「対極」にある。その性質が顕著に現れる最近の訴訟が前出の3つのケースだ。
アメリカにおいて、特許訴訟は毎年約2200件に上る。この訴訟に携わる弁護士たちの性質も「対極」にある。NPE、いわゆるパテント・トロールによる世界全体の訴訟件数は、報道によると、2000年の3%から2008年には16%にまで拡大した。パテント・トロールとは簡単に言えば、保有している特許を利用した製品の製造や販売などは行わず、特許侵害を主張して損害賠償やライセンス料を得ようとするものの存在を指す。多くは個人発明家であったり、特許管理会社と言われるが、その裏には弁護士の存在が見え隠れする。たとえば、NPE、いわゆるパテント・トロールとは実態は違うが新手のパテント・トロールと評され、この一年急増したのが「虚偽表示訴訟」だ。
虚偽表示訴訟は製品に印刷されている特許番号(パテント・マーキング)から「特許切れ」を確認し、個人で訴えるという手口。マーキング・トロールとも呼ばれることがある。米国特許法では、特許番号の「虚偽表示」について、個人による訴訟が認められており、その罰金は米国政府と折半できる。これまでは、罰金についての解釈にばらつきがあったが、2009年に連邦巡回裁判所が、pequignot 事件において、存続期間が満了した特許の特許番号を製品に表示することは、虚偽表示を禁止する法に抵触するとの判断を示したことに端を発し、Forest Group 事件で、実際に使用されていない特許や存続期間画満了した特許の特許番号を製品に記載する「虚偽表示」について、一つの製品に対し最高500ドルの罰金を科す判決が出されたのを受けて台頭してきた。
pequignot事件の「pequignot」は特許弁護士の名前である。pequignot 事件では、特許弁護士pequignotがSolo Cup社のコーヒーなどの使い捨てコップ用の蓋、約220億個に虚偽の特許表示をしたとして告訴した。裁判所の判決の脚注には、pequignot氏の請求が認められた場合、損害賠償を折半して米国政府が得る額は約5.4兆USドルとなるとあった。この莫大な数字に、ビジネスの旨みを感じた特許弁護士が少なからずいたのだろう。
ある統計によると、虚偽表示訴訟は2010年の一年間で500件あまりが確認されている。ちなみに、最初にマーキング・トロールが出現したのは2007年。2008年に入り、この種の訴訟の多くが「特許弁護士」によって起こされている。
同じ特許弁護士でも、こうした立場や志向を持つ弁護士は企業にとっては「敵」である。
多くの企業から、前出の2件により急増した虚偽表示訴訟を食い止める判決が待ち望まれる中、連邦巡回区控訴裁判所は2010年8月、Stauffer 事件において、虚偽表示訴訟を活気づける判決を下した。
Stauffer 事件で、蝶ネクタイを購入し、虚偽表示が付されていると主張したStaufferも特許弁護士である。
連邦地方裁判所は、請求原因を欠くものとしてStaufferの請求を棄却していたが、連邦巡回区控訴裁判所は控訴審で、特許法は虚偽表示について「誰でも罰を求めて訴えることができる」と定めていることに言及し、連邦地方裁判所の決定を覆した。
そこに「だます目的」がある案件を裁くのであれば、「誰でも罰を求めてうってることができる」のは良い法律と言えるのだが、こういったケースではすべてが該当するとは言い難い。だからこそ、同じく虚偽表示を申し立てを起こす原告のほどんどがStaufferと同様の立場であったため、2010年に起こされた訴訟の多くは、この訴訟の判決まで手続き中止となっていた。
クラス・アクションとは、ある行為や、事件などによって、多数の者が同じような被害者の立場におかれているとき、被害者の一部の者が、全体を代表して訴訟を起こすことを認める制度である。被害者のために起こされるクラス・アクションは法律としては、良い制度だと思っているが、以前も報告したとおり、クラス・アクションを訴訟のチャンスを探って、ケースを作る「弁護士」が存在するのだ。彼らは「対極」にいる我々が考えているビジネスとは、別の意味で、クラス・アクションをビジネスだと考えている。
例えば、数年前の事件だが、証券クラスアクションを扱っているある法律事務所とそのパートナーが、クラス・アクション訴訟に関連して、原告に賄賂を提供したなどとして20の罪で起訴された。
報道によれば、この起訴は、米国で全国的な展開をしている法律事務所が刑事事件に直面したケースとしては最初のものである。訴訟によってこの法律事務所が得た報酬は200百万ドル以上だという。
クラス・アクションを自身の利益追求のために起こそうと考えている弁護士は、日ごろから、さまざまな製品に対してのクレームをWEB上で探っており、ブログやSNSなどに消費者から書き込まれたコメントを読んでは、どんな訴訟が起こせるかという策を練っている。クレームやニュース、企業データなどを分析しては、自分が起こそうと思った訴訟にふさわしい原告になり得る人間を探し当て、ターゲットとなる企業はどこがふさわしいかを見極めているといっても言い過ぎではないだろう。
訴訟における企業,弁護士,投資家らの利害関係は実在し、我々とは「対極」にある一部の弁護士が弁護士自身の個人的な利益を目的に訴訟を起こすという事実はある。同じ弁護士として、申し訳ない気持にもなる。
ただし、これらに立ち向かう弁護士が、私をはじめ相当数いるのも事実であることを忘れてほしくない。少なくとも我々が代理を務めるのは、前述の訴訟の被告側(企業側)であり、その勝訴率は91%を超えている。
アメリカにおいて訴訟は「ビジネス」の一環であるのに違いない。しかし、訴訟を起こす動機は常に前出の彼らと「対極」である。