執筆者:ライアン・ゴールドスティン
昨今、米国の法廷では、訴訟の各段階でこれまでより高度の証拠基準を求める例が見られる。例えば、証券訴訟におけるクラスの承認の段階である。以前は、クラスの承認にあたっては、「クラスに共通する要素は証明可能である」と、集団訴訟の原告側専門家が言っていればそれで十分だった。ところが、近年、第2巡回区控訴裁判所と第3巡回区控訴裁判所は、これよりも高い基準を求める判断をしている。すなわち、第2巡回区控訴裁判所は、IPO Securities Litigation事件において、連邦地方裁判所はクラスを承認する際に関連する全ての証拠を吟味しなくてはならないと判示した。また、第3巡回区控訴裁判所は、Hydrogen Peroxide Antitrust Litigation事件において、連邦地方裁判所が「厳密な分析」をしなかったという理由で、クラスの承認決定を覆したのである。
このように、従来よりも高度な証明を求められる手続きが現れていることに鑑みれば、今後、米国訴訟において証人が活躍する場面は一層多くなっていくだろう。現に、上述の証券訴訟の分野では、クラスの承認申し立ての理由を明確にするために「専門家」を証人として利用することが増えている。原告側弁護士も被告側弁護士も、クラスの承認の段階で、市場の統計的モデルをも含むような複雑な専門家の分析を提出するよう求められるようになってきているのだ。
そこで、今回は、訴訟において重要な役割を担う「証人」について考察する。
一部報道では、アメリカにおいて法務トラブルに巻き込まれている日本企業は、アメリカ進出企業のおよそ7割だという。
このコラムの読者の多くが日本の企業に在籍していると仮定すれば、アメリカの法廷で「証人」としてその役割を果たさなければならない日が来るかもしれない。その時に備えて、本コラムを参考にしてほしい。
米国の法廷における「証人」は大きく分けて、二つ。「fact witness事実証人」と「expert witness専門家証人」とがある。事実関係について証言するのがfact witness事実証人でありexpert witness専門家証人は名前の通り、専門的な立場から意見を述べる証人を指す。fact witness事実証人は、例えば、特許訴訟であれば争われている製品の開発過程や構造など争点に関連する事実を証言することを求められるが、自らの意見を述べることはできない。これに対し、expert witness専門家証人は学者などが専門知識に基づいて証言し、関連する事実関係のみならず、自らの意見を述べることができる。
日本の企業に勤める者が「証人」として米国の法廷に出廷する機会としては、fact witness事実証人の場合とexpert witness専門家証人のいずれの可能性もありうるが、通常は問題となっている製品の開発過程や使用されている技術、その他製造販売などに関連する様々な事実の証言をするfact witness事実証人である場合が多いだろう。
fact witness事実証人であれ、expert witness専門家証人であれ、「証人」は訴訟の行方を決める重要な存在である。「証人」が重要であることは昔から変わらないが、特許訴訟の実務においては、最近、KSR事件によってこの「証人」の重要性が再確認されたことが記憶に新しい。
KSR事件では、アメリカ最高裁判所が特許申請における「自明性」の立証、および特許性不在の実証に必要な要素を大きく変える判決を下した事件である。2002年にミシガン東部地区連邦地裁に提訴された「自動車用の調整ペダルアセンブリ」に関する特許(6,237,565B1)侵害訴訟で、原告はTeleflex Inc.(米国)で、被告はKSR International Co.(カナダ)であった。
被告のKSRは、問題となった特許は非自明性の要件を欠くと主張して、特許無効を求めて略式判決(summary judgment)を地裁に申し立てた。地裁は「本件特許は、調整ペダルアセンブリと位置センサーという2つの公知技術の自明な組み合わせ」として、特許を無効と判断した。
特許権を否定された原告Teleflexは連邦巡回控訴裁判所(CAFC)に控訴し、CAFCはこれを受けて「地裁が採用した自明性の判断基準は誤り」として原判決を取り消した。被告KSRは「CAFCの自明性に関する判断基準」に異議があると最高裁に上告請求し、上告が受理された。
2007年、米国連邦最高裁判決は、KSR事件に対する判断をし、その中で、これまで有用な判断基準の一つとされてきた「TSMテスト」の運用方法、そして、その適性に対し、否定的な見解を示したのだ。
「TSMテスト」は、これまで、複数の先行技術の構成を組み合わせた特許の自明性を判断する場合の基準とされてきた。しかし、最高裁は、自明性の判断において、TSMテストを硬直的に適用してならない、また、当分野の専門家(当業者)の一般知識、常識を考慮に入れるべきであるとした。
平たく言うと、TSMテストの結果などに頼りすぎることなく、別の方法でも、被告側はその自明性を立証する必要があること、発明が自明であるかどうかを特定するに当たり、良識(常識)による判断をもとにすることを求めた事件と言える。
これに伴い、訴訟戦略において原告側は、発明に関する説得力のある説明ができるよう「事実証人」、「専門家証人」の起用が活発化。「事実証人」つまり、発明者、開発者などが証人として、開発、発明の特質やその過程における苦労話、つまり長年の研究過程やその探究心、努力などを証明することができれば、裁判をおおいに有利に運ぶことができるだろうと考えられている。一方、被告側も専門家証人の起用が活発化。先行技術事例を組み合わせによる根拠のすべての出所の考察を「専門家証人」に依頼する動きが見受けられる。
こうした一連の変化をみれば、KSR事件は「証人」の重要性を印象付け、事実の問題、専門的な問題にわたって幅広く説得力のある証人を起用することを活発化した事件であったとも言えるだろう。
全般に、日本人など外国語を話す「証人」において、特徴的な現象がある。
アメリカの法廷において、日本語のように、母国語ではない英語以外の言語を話す「証人」と陪審員の間には距離ができるのだ。
日本人の多くは、電子メールや書類、会議中などでも英語を話している人でも、証言台では日本語を話す。これは、相手側に、英語ではない、陪審員にわからない言葉を話すのは、すべてをさらけ出していない、何かを隠すための戦略なのではといった負の印象を作るために逆手にとられることがある。では、すべて英語で対応すればよいかというと、それでは不安であるという人も多いだろう。
ポイントは、可能であるなら、英語でやり取りする部分は簡単な部分に絞ること、そして、詳細なやり取りや表現が難しいものに関しては日本語で答えるなど、日本語と英語を使い分けることである。かつて、私が経験した証人のケースだが、英語で証言することに非常に神経をつかった証人がいた。しかし、彼はデポジションの際に証言の多くを英語でし、不確かな部分のみに英語の通訳を用いて対応した。こうした手法はトライアルにおいても、裁判官に許され、陪審員にも好印象を与えることができた。
しかし、どんな場合でもこの方法が得策かというとそうではない。特に、技術的なことを証言する際には、英語で証言することでミスを簡単に犯しやすいからだ。
また、日本語と英語、どちらで証言するかは、証言録取・デポジションの前に考えておく必要がある。デポジションとトライアルには一貫した証言が重要になるため、証人と翻訳者ともに、日本語でデポジションに臨んだ場合、デポジションの時と違う手段を用いてのトライアルでの表現、つまり英語で説明することが難しくなる。
常に証言はデポジションの時からすでに記録されていることを忘れてはいけない。今後の進行において、その証言は引用されるという意識をもたないと、デポジションの時の証言と、トライアルでの証言が一致しないなどの違いがみられた時は、相手側にとっては好材料になってしまう。また、証人の証言が相手側にとっても使われることがあることも忘れてはならない。たとえば実際に使われる手法として、トライアルにおいて、デポジションでの証人の様子を収録したビデオを用い、「相手の証人はこう認めている」という具合である。
通訳者を選ぶのにも気を使いたい。
選ぶ際には、数年に及ぶ通訳としての経験もさることながら、トライアルの通訳者としてアメリカに居住している年数も豊富なほうがよい。厳密に表現するのは難しいが、性格的には、証人よりも強くないほうがよいといえる。
法廷に臨む際、大切になるのは準備。そして、どんなに良い通訳者を選んでも、証人の話す内容がすべてであることを忘れてはならない。